時事ネタ
小児科医の中原利郎氏の労災認定をめぐる行政訴訟の判決で、東京地裁は3月14日、被告である新宿労働基準監督署長の処分を取り消し、中原氏の自殺を労災と認定した。小児科医が過労で自殺した事案で、労災と認定されたのは今回が初めて。また医師の過労自殺が行政訴訟で認められたのは、一昨年の水戸地裁の判決に続き2件目。
2007.3.14 日経メディカルから引用
一昨日の東京地裁判決、1999年に自殺した小児科医(当時44歳)に対して過労死が認定されました。報道の内容によると自殺した医師は月8回にも及ぶ宿直、激務をこなし続け、うつ病を発症、過労が自殺の原因となったと判断、司法が医療現場の勤務実態に警鐘を鳴らしたとしています。テレビ報道ではこの医師の奥さまが涙ながらに「もうこれ以上医師を殺さないで下さい」とこの判決をきっかけに医師の労働環境の改善を訴えていました。
救急隊の勤務先は消防署でありプレホスピタルケア(病院前救護)の担い手です。病院に勤務している訳ではなく、その実情も内部の人より詳しいということはありません。しかし、救急隊員と病院とは切っては離せない関係です。また救急隊員は地域の様々な病院を渡り歩きます。浅い部分ではあるでしょうがさまざまな病院の実情を垣間見ます。
救急隊を指導してくださる医師、めったにありませんが研修先の病院などでは医師と共に宿直することもあります。一晩共にいれば見えてくるものもけっこうあるものです。このようにいろいろな病院に救急搬送し、現場の医師や看護師の実情を見て思うのは、医師や看護師、私たち救急隊員も含め医療従事者の労働環境は本当に過酷だと言うことです。
救急隊員は地方公務員、労働基準法を絶対守るべき立場ですが、そうも言っていられないのが現実です。一当番24時間以上のもの間、一睡もしないで働き続けることもあります。もはや人間の集中力の限界なんて超えて、自分たちでも「よくぞ事故が起こらずにいる…」と思っている危険な状態です。
でもやっぱり地方公務員、非番・週休は保障されています。一方、救急病院の実態はもっと過酷です。「労働基準法はここには及んでいないのではないだろうか?」現場で働く方たちはきっとみんな思っているのではないでしょうか?看護師さんも激務ですが、特に医師の労働環境はそうとうにひどいです。
現場での小話です。
朝一番の活動、病院到着医師引継ぎ
隊長「おはようございます先生、サインお願いします」
医師「お疲れ様です、はいサインですね」
隊長「先生、宿直明けですか?大分お疲れみたいですが」
医師「ええ…昨日の朝から働いています…もう24時間過ぎたかなぁ~…、昨日は救急隊が患者さんを連れて来るのなんのって…」
隊長「先生、すみません、それでもまたお願いします」
夕方、またこの病院に連絡
隊員「…という患者さんなのですが」
看護師「分かりましたお受けします、まだ外来で受診可能ですので2階の小児科外来までお連れしてください」
隊員「分かりました、では直接外来にお連れします」
病院到着
隊長「先生…サインお願いします」
医師「はい””…」
隊長「先生、あれから外来もずっとですか?」
医師「宿直明けでさらに外来です、宿直の時は36時間病院にはりつけですから」
隊長「先生、お疲れのところありがとうございました…またお願いします」
この病院では宿直で24時間、さらに明けて12時間外来をこなすそうです。36時間病院にはりつけの医師はどの患者さんより具合いが悪そうです。もちろん建前上は宿直の24時間、夜中などは勤務時間外とされ仮眠の時間とされているようですが、病棟に急変が出れば対応しなければならない。さらに救急病院は救急の対応もしなければならない。
救急隊が寝ないで働いている訳ですから、救急病院の宿直医師が寝られるはずがありません。実質36時間が最低勤務時間、さらに通勤時間もあるだろうし残業まであるのです、いったい何十時間まともな休憩が摂られないのでしょうか?
この病院がひどいのではないだろうかと思ったら大間違い。宿直医師が36時間労働をこなしているなんてけっこうあちこちで聞く話です。それも月7回8回…。ひどい人では10回を超えるとのこと。私が研修に行かせていただいた病院では宿直2連泊が行われていました。
さすがにこれは相当珍しく、他の医師と宿直日を交代した結果そうなってしまったとの事でしたが2日と半日、病院内に拘束されることになります。2日目の朝だか昼だったのか、その先生の姿…、ボォ~~っとして悲惨でした。病院によってもちろん環境に差はあるでしょうが、このような病院はいくらでもあるのが現実のようです。
さらにある先生に伺ったお話によると、特に過酷なのが小児科医と集中治療室など重篤な患者さんを受け持った医師だそうで、その先生は集中治療室に数年勤務されたそうですが、重篤な患者を受け持った際、一週間、ひどい時は半月家に帰れない時もあったそうです。小児科に関しては深刻な医師不足から、地域によっては週単位で病院にいつづけなければならない医師までいるとのことです。
医師「献身な医師が現場の医療を支えているんですよ。私たちは命と家族を犠牲にしています。」
とっても重い言葉です。救急隊も激務をこなしていますが、こういった医師の前ではそんなこととても言えません。
医療ミスや医療不信がこぞって報道されています。私も私自身や大事な家族を治療してもらう過程で大きなミスがあり、それが重篤な後遺症や死に繋がったのなら、その医師を許せないでしょう。
ただ、人間はミスを犯します。24時間以上休憩を摂らず、睡眠を摂らずミスを犯さない自信は私にはありません…。そもそも24時間戦える人なんているのでしょうか?医師の場合24時間どころじゃありませんが…。私たち救急隊も、現場の医師も看護師も、きっとみんな同じことを思っているはずです。「この状況でミスを犯したら私だけが悪いのだろうか…?」
今回のこの判決を機会に医療従事者たちの労働環境にメスが入るのか?医療ミスが起これば大々的に騒ぐマスコミ、叩かれる現場の医師たち、被害にあった患者さんやそのご家族の気持ちになればそれは間違っていないのかもしれません。ただ、ひょっとしたらミスを犯した医師だって、この現状の被害者かもしれません。ミスを犯すのは必然であった現状を伝えるのもマスコミの仕事だと思うのですが…。このまま何も変わらなければどうなるのでしょうか?もうこれ以上医師を殺さないで…。
関連リンク:小児科医師中原利郎先生の過労死認定を支援する会
119番通報する前に1秒だけ考えてほしい、 大切な人がすぐ近くで倒れていないだろうか?今、本当に救急車が必要だろうか?と。
すべては救命のために
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