断らない救急病院の裏事情

救命士のこぼれ話
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救急車の搬送先病院がなかなか決まらず、なかなか出発できないケースは「たらい回し」などと呼ばれます。救急隊を取り巻く苦情やトラブルの中でも、「なかなか行き先が決まらない」は多くを占めています。

こんな社会問題も日常である救急隊にとって、この上なくありがたいのが、二つ返事で快く受け入れしてくれる救急病院の存在です。今回は、そんな「断らない救急病院」を巡る、現場の少しリアルで、生々しいお話です。

帰署途上

病院からの帰り道、救急車は消防署へと向かっていました。

機関員「元々頑張ってくれる病院だけど、最近は特に良く受け入れてくれて助かるよな?」
隊員「本当ですね、受け入れ先が決まらないことには救急隊の活動は進みませんからね、今の事案だって、傷病者を取り巻く環境は難ありだった、よく二つ返事で受け入れてくれましたよ」
機関員「ああ、オレも選定は難航するかもって思っていた、あんな風に受け入れてもらえると心の底からホッとするよな」

病院が救急隊からの収容依頼にどれだけ応えることができるかは、「救急受け入れ率」や「救急応需率」と呼ばれています。先ほど搬送した病院は元々受け入れ率の良かったのですが、最近はさらに向上していました。

現場の救急隊にはそんな統計的な数字よりも、難航の匂いがする傷病者を二つ返事で受けれてくれる、そんな感情を伴った空気感にとても敏感です。

隊長「…実はさっき、病院の事務長から面白い話を聞いたんだ、受け入れ率向上の秘密だ」
機関員「ほう、秘密?裏事情ですか?」
隊員「へえ、その裏事情って?」

事務長の鼻高々な「からくり」

医師の引き継ぎを終えた救急隊長が、書類を片手に受付へと向かった際、病院の事務長が声をかけてきました。

事務長「ねえ隊長さん、最近の当院の救急受け入れ率、良くなっているでしょ?」
隊長「ええ、今の患者さんも二つ返事で回答してもらえて、本当に助かりました」
事務長「そうでしょ〜、良かった、制度改革の成果が出ているんです」

事務長が明かしたその改革は、現実的で、とても生々しいものでした。

事務長「いかに救急隊からの収容依頼を断らないか、救急車の受け入れ率を医師や看護師のボーナス直結する仕組みを導入したんです」
隊長「ああ、なるほど、そう言うことでしたか」
事務長「もちろん、他にも色々と取り組みはあるのですけど、その一つなのです、受け入れれば入れるほど、自分たちの給与や賞与に反映される、そうでなければやっぱりもっと頑張ろうとは思わないでしょ?」
隊長「う〜ん、確かにそれは言えているかもしれませんね」
事務長「当院は断らない病院を目指していますから、いつでも連絡してください」
隊長「ありがとうございます、そう言っていただけると本当に助かります」

なるほど、そういうことだったのか。救急応需率は向上した。事務長は鼻高々です。

性善説で現場は回らない

機関員「なるほどね…どれだけ患者を受け入れたかが自分の給与やボーナスに反映されるとなれば、頑張って受け入れようって動機にはなるよな?」
隊員「言えてる、綺麗事だけじゃ、回らないってことですね」
隊長「それが良いのか悪いのかは置いておいて、受け入れ率は実際に向上している、救急隊も助かっている」
隊員「消防署にも導入したら良いんじゃないですか?」
隊長「ハハハ、分からなくもないけど、オレたちの仕事にノルマや歩合は相性が悪いよ」

現実問題として、救急隊はどうでしょう。どれだけ激務に追われ、1日に1件しか出動しなくとも、あるいは10件以上の現場をハシゴしても、給与は変わりません。(手当は出ます)

もし万が一、「出動件数に応じて給与が歩合制で変わる」なんて仕組みになったとしたら、モチベーションの向上には繋がるかもしれないけれども…やはり引っかかるものがあります。

消防官という生業の根底にあるのは「何事もなく街が平穏であってほしい」という願いです。私たちが暇で出場なんてないことが街が平和であることです。ノルマや歩合とは相性はとても悪そうです。

守るべき生活と、現実のシステム

救急隊も、病院の医療従事者たちも、根底には「人を救いたい」という崇高な想いや志があってこの仕事に就いています。しかし、誰もがボランティアで生きているわけではありません。それぞれに守るべき生活があり、家族があり、生活を支える給与、報酬が必要です。

「受け入れ率を上げるために何かしらの報酬を導入する」というのは、人を動かす上で極めて合理的です。公務員の思考だと、どこか引っかかるものがありますが、これこそが綺麗事だけでは回らない現場のまぎれもない現実だとも思います。実際に数字がそれを証明している。


隊員「仮に報酬が不純な動機とされたとしても、受け入れ率は向上していますね」
隊長「ああ、つまり巡り巡って患者さんが助かっている」
機関員「報酬が不純?労働に対価があるのは当たり前だ、オレは対価なしで働こうとは思わない」
隊長「ああ、それも真実だな、オレも同じだよ」
機関員「オレが働く動機は報酬があるからだ、お前は無給で働けるのか?」
隊員「いや…それは無理です…」
機関員「医療従事者なら崇高な想いや理念があるだろうなんて、悪い言い方をすればやりがい搾取って見方だってできるぜ?」
隊長「確かに性善説なんてすぐに限界が来る、ずっと継続するには仕組みが必要だ、理事長が言う制度改革は結果が伴っているし、実際に救急隊は相当に助かっている」
隊員「確かにそうだ…」


対価がなければ人は身を粉にして働こうとは思わない。人を助けたい、そんな強い想いや理念は尊いし素晴らしいとは思うけれども、それを制度の柱にするのはどうでしょうか?自己犠牲は美しいかもしれないけれど、一過性で継続はできない。

人の集合体である組織を合理的に、かつ、継続して動かしていくには制度や仕組みは欠かせない。そしてまた、制度や仕組みも人が作るものです。完璧だと思うものであったとしても、人が作るものには必ず欠陥がある——。次回は裏事情の裏話、この「仕組みの穴」についてのお話、断らない病院の裏事情の裏話

119番通報する前に1秒だけ考えてほしい、 大切な人がすぐ近くで倒れていないだろうか?今、本当に救急車が必要だろうか?と。
すべては救命のために
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