救急救命士のため息 パラメディック119〜すべては救命のために〜
パラメディック119救命士のためいき現場狼少年は反省しない Last up 2005.8.30

救急救命士のため息現場 case14

狼少年は反省しない

 今回のお話、狼少年は反省しない(正確には狼じいさんなんですけど)は狼少年に殺されるの続編となります。狼少年に殺されるをご覧になっていない方は先にこちらをお読みになってからこのページを読んでください。

 狼少年に殺されるに登場した70代男性Gさんはこれまでにも増したペースで救急車を呼び続けました。私たち救急隊の管轄区域の常習者ですが、私たちが出場中にこのGさんから救急要請がある場合は当然、近隣救急隊が扱う訳です。周辺救急隊ならみんなこのGさんを知っています。ここ数当番、Gさんの顔を見ない日の方が珍しいという状況でした。狼少年に殺されるでは触れませんでしたけど、もちろんこの常習者Gさんは生活保護を受けられていて自分で医療費を払うことはけっしてありません。だから何度だって救急車で病院に行くのです。

 8時30分、大交替。前の日から24時間勤務してきた当務員と交替します。この日、8時10分頃出動が入り救急隊は出動中でした。一番こたえる時間の出場ですが、これから勤務の方から言わせてもらえば、申し訳ないけど帰ってくるまでは出動はない訳でゆっくり溜まっている事務仕事ができる訳です。結局、救急車が帰ってきたのはもう10時になろうかという時間でした。申し送りを受けて交替終了。ここまで救急車はない訳で出場することはない、のんびりと事務仕事に取り組むことができました。交替してからも珍しく出場はなかなかかからず今日はいい感じ。
救急隊員「今日はなかなか出場かかりませんね、このまま5,6件で終わってくれればいいんですけどね」
救急隊長「そうだなぁ、珍しくのんびりだなぁ、たまにはこんな日もなくっちゃなぁ」

 11時を回った頃、今日1件目の出場指令がかかりました。「救急出場指令、K町2丁目Gさん方急病人、足の痛み、本人からの通報」
救急隊3人「くっそ〜!静かかと思ったらまたあの野郎かよ〜!」
…いつもの所への出場、この前の当番の時にも行ったばかりの場所、救急機関員はもちろんのこと救急隊3人ともが地図も見ないで行けるところ、常習者Gさんのお宅。そこの角を曲がるとGさんのアパートが見えてくる。角を曲がると2階の窓からこちらを見ているGさんの顔が見えたと思ったら部屋の中に入っていった。ああ、降りてくるのね。

 現着。Gさんのアパートのお隣のおうちが道路に花壇を出していたのでアパートの入り口から10mくらい先に救急車を停車した。救急車を降りてGさんのアパートの前へ。Gさんはまだ降りてこない。Gさんのアパートはアパートの入り口に鍵がかかるドア、そのドアを開けて階段を登ってGさんお部屋があるんです。1階のドアには鍵がかかっていました。ドアごしに、
救急隊「Gさん、Gさ〜ん、降りてこれるんだよね?」
常習者G「今、降りていくよ、そこで待ってろ〜!」
はぁぁ今日も元気だなぁ。今日は足が痛くて救急車か、階段は降りられるってんだからなぁ。Gさんのお宅のお隣の住民が「またなの…?」なんて呆れ顔でこっちを見ている。

 傷病者接触。1階、アパートのドアが開いた。
救急隊「Gさん今日はどうしたの?足が痛いんだっけ?D病院?」
常習者G「はぁぁ…オレが足が痛いって言っているのに、本当あんたたちは何を考えているんだか…ブツブツ…」
一発目にぶつぶつと救急隊に文句を言い始めたGさん。どうやらアパートの目の前に救急車を停車しなかったのが気に入らなかったらしい…。
救急隊員「Gさん、歩けるんでしょ?救急車まで歩こうよ、ね?」
常習者G「オレは足が痛いんだよ、歩けないんだよ」
救急隊員「…ここまでストレッチャーを持って来いってこと?」
常習者G「そうは言わないけどよ、本当何を考えているんだか…」
今日も大変ふてぶてしいこの態度、救急隊にこれだけ悪態をつく元気なGさんはスタスタと救急車に向かって歩き出しました。

 車内収容。
救急隊員「足が痛いんでしょ?D病院の整形外科だよね?」
常習者G「そうだ。もう連絡してあるからすぐ出て大丈夫だよ」
救急隊員「Gさんそうはいかないよ、救急隊はただの運び屋じゃないんだからさ、血圧とか脈拍も先生に伝えないと、確認してからじゃないと出発できないよ」
常習者G[分かったよ!ほら」
そう言うと救急隊員に向かって指先を出した。(ああぁ〜…嫌だ嫌だ嫌だ嫌だこんなヤツを扱うのは本当に嫌だ)救急車をマイタクシーとして使うGさんはたいへん使い慣れをしているもので病院への連絡は自分で行い、パルスオキシメーターを指先に装着することももちろん知っています。ああなんて手際のいいこと…。一通りのバイタルを確認し、病院へ連絡を入れた。

 病院連絡。
救急隊員「もしもし、D病院さんですか?救急隊です。ご自分ですでに連絡を入れてそちらに来てくださいと言われているとのことです。お名前はGさんです。」
D病院看護師「はい、確認してみます、少しお待ちください」
そう言ったまま2,3分待っただろうか?
D病院看護師「救急隊さん、たいへんお待たせして申し訳ありません。今のバイタル教えてください」
救急隊員「はい。呼吸は18、脈拍は…」
バイタルを看護師さんに伝えた。
D病院看護師「…救急隊から見て救急車じゃないとダメな患者さんですか?」
救急隊員「…いいえ、必要はないと思います。ご本人が歩けないと要請されましたので…」
D病院看護師「あのですね、先ほどうちの先生が電話に出られて確かに診るとおっしゃったそうなんですけど、先生は救急車で来いとは言っておられないと言っているんです。自分で来るように言ったそうなんですよ」
救急隊員「私たちも先生のおっしゃることは本当によく分かります。…ただご本人が歩けないと要請されてますから」
D病院看護師「先生がですね、歩ける患者さんだから歩いて来るように言ってくれって言うんです。救急車から降ろして歩いて来るように言っていただけませんか?」
(ああ、それができたのならどんなに素晴らしいだろう)
救急隊員「看護師さん、先生のおっしゃることは大変よく分かるのですが、救急隊は要請された以上それはできないんです」
D病院看護師「そうですか…。ごめんなさい、もうちょっとお待ちください」
そう言ったきりなかなか電話に出ない看護師さん。イライラし始めたGがまたぶつくさ言い始めた。
常習者G「ねえ、もう連絡してあるっていうのに何やってるの?」
救急隊員「うん。何か確認しているようでちょっと時間がかかっているみたいですね」
常習者G「すぐに出発できるように連絡まで入れているんだから何やっているんだよ」
そう言うと自分の携帯電話を出して電話を始めた。(オイオイオイどこにかけているんだよ?)
常習者G「D病院ですか?整形外科につないでくれる?えっ?私、Gってもんだけどね、これからそっちに行くんだけどね、救急車から電話してもらっているんだけどなかなか出ないんだよ、何やってんだよ」
とか何とか言っちゃって自ら病院に交渉を始めだした。あ〜あ…。
D病院看護師「…もしもし救急隊さん、今、電話してきているのGさんでしょ?」
救急隊員「そうです。ご自分の携帯からそちらに掛けているみたいですよ」
D病院看護師「…分かりました。どうぞ向かってください」
救急隊員「分かりました。お願いします」
電話を切った。まだ電話中のG。
救急隊員「ねえ、Gさん診てくれるってさ、救急車動きますよ」
常習者G「え?、ああそうか、救急車動くって、電話入れているんだからすぐに来るように言わなきゃダメだよあんたたちも」
この常習者G、私たちにだけじゃなく病院にもこんな感じなんですね。看護師さんもうんざりしているのがよく伝わってきました。

 病院到着。
救急機関員「さぁ着きましたよ」
救急車のリアを開けた。
常習者G「歩けないから車椅子持ってきて」
救急隊員「ねえ、Gさんあなたさっきまで歩いていたじゃない?階段も自分で降りてきたじゃない。病院に来て急に歩けなくならないでよ」
常習者G「オレは歩けないから救急車呼んでいるんだろ、わからねえやつらだなぁてめえらは」
救急機関員「はいはいはい。ちょっと待っててねGさん、今持ってくるからさ」
救急機関員が(面倒くさいから持ってこようよ)って感じで車椅子を取りに行った。いつもならこのGさんにブチ切れている救急機関員も今日まだ1件目で余裕があったようです。とは言うものの、病院の中に入って行ったままなかなか帰ってこない救急機関員、常習者Gはすっかり車椅子で診察室に運んでもらえるものと救急車のリアステップに座っている。あれ?そういえば隊長は?まさか隊長が車椅子を取りに行くはずもないしどこ行っちゃったんだ?

 車椅子を取りに行こうと病院に入った救急機関員、いないと思った隊長が先生と何やら話している。ふたりとも腕組みをして難しい顔をしている。病院の事務の人に一声かける。
救急機関員「車椅子借りていきますね〜!」
D病院医師「そんなもん持って行くんじゃない!」
先生が怒鳴った。
救急機関員「はい。分かりました。」
D病院医師「救急隊もそんなことまでしてやるから付け上がるんだ!」
そう言うと病院の外へ出て行った。それに続く救急隊長と救急機関員。

 救急車のリアステップに座っているGの元へ先生が怒りの形相でやってきた。
D病院医師「あんた何やってんだ?」
常習者G「いえ、歩けないもんで車椅子を待っています」
D病院医師「車椅子なんてないよ!歩け!歩けるんだから」
常習者G「え、は、はい…。」
あまりに強い剣幕の先生に素直に従うGはトボトボと先生に続いて歩き始めた。救急処置室の出入り口、診察室というか…微妙な位置で先生は立ち止まり常習者Gを怒鳴りちらしはじめた。
D病院医師「あんたなぁ、私は救急車では来るなって言ったよな?」
常習者G「いえ、歩けなかったもので」
D病院医師「歩けない?歩いているじゃないか?私が何も見ていないと思っているのか?昨日来たときもあんた待合室で平気で歩いていたじゃないか?携帯もかけるなって言っているのにかけていたじゃないか?」
(昨日も来たのか…もちろん救急車でです)
常習者G「それは…少しは歩けますけど…」
D病院医師「救急車は命の危ない人が乗るためにあるんだよ!あんたみたいなのがこんな風に使うと本当に命の危ない人が死んじゃうんだよ!分かっているのかあんたは?」
常習者G「え、はい…でもここまでは遠いもので…。」
(Gさんのお宅K町2丁目からD病院までは1キロはありません。もうひとつのかかりつけS病院もそうです)
D病院医師「遠くないよ。あんた帰りは救急車じゃ帰れないよな?どうやって帰っているんだよ?」
常習者G「…」
D病院医師「歩いて帰っているんじゃないか!あんたは歩けるんだよ!私はね、診ないとは言わない、痛いっていうならちゃんと診察はします。ただね、これからあなたが救急車で来たらもう診ない!うちの病院はね、あんたより高齢で足の痛い方もみんな朝からやってきて順番を守って診察を受けて帰っていくんだよ。これ以上こんなふざけたことは許さない!」
常習者G「…すみません」
D病院医師「今日は今、ここで診ました。大丈夫です。納得いかないなら出直してきなさい。私は診察しないとは言わない。痛いのならちゃんと診ます。救急車じゃなく自分で歩いて順番を守って診察に来なさい。とにかく今はもう診ました。間違いなく大丈夫です。帰っていいです。はい、ほら帰りなさい。で、またどうしても痛かったら自分で診察を受けにきなさい。分かった?分かったかぁ!?」
常習者G「はい!」
D病院医師「分かったならほら!帰りなさい」
常習者G「はい。すみませんでした。」
そう言うと今まで見たことのない迅速な歩きっぷりでGは病院の外へと歩いていった。あ〜あ…今日は一段と速く歩くなぁ…。

 う〜ん、それにしても気持ちいい!救急機関員を見ると「ニヤリ!」思わず隊員も「ニヤリ!」
救急隊長「先生、本当に助かりました。ありがとうございました。」
D病院医師「いいえ、私は誰でも診察はするんですよ。けっして断ったりはしないんです。今だって本当に腹立たしかったけど診るは診たんですよ。絶対に歩けないなんてことはありません」
救急隊長「あのGさん、1日に2度も3度も救急車を呼ぶんですよ」
D病院医師「昨日も救急車では来るなって言っているのに救急車で来たんですよ。帰った後も「まだ痛いからどうにかしろ!」とか電話してきてね、待合室でも携帯電話使って、注意すると看護師怒鳴り散らしたり、看護師もいつも困らされていたんです。私もいつか言ってやらなければならないって思っていたんですよ」
救急隊3人「先生、本当に助かりました。本当にありがとうございました。」
D病院医師「いいえ」
このやさしい中年の先生、口ひげを蓄えており、Gを怒鳴り散らす姿は大迫力でした。救急活動では本当に珍しいスカっとした現場でした。

 帰署途上。
救急隊員「Gさんもこれに懲りて救急車を呼ばなくならなければいいんですけどね」
救急機関員「な〜に言ってんだよ!D病院には行かなくなるだけで何にも変わらないって」
救急隊員「でしょうね、でもせめて呼ぶ件数が減ってくれればいいですね」
救急隊長「どこの病院に連れて行ってもあんな先生がいてくれればいいんだけどなぁそれにしても…」
救急隊3人「気持ちよかったなぁ!」
常習者Gはこれを機に少しは救急車の使い方を考えてくれるんじゃないかとほのかに期待しつつ引き揚げました。

 帰ったのは13時近く。ここまで出場件数1件とのんびりでいいと思っていた私たちの考えは打ちのめされます。夕方までは割りと静かでした。17時半までに夕食を摂り終えられた私たちはいつもより出場のかからないペースでした。ところが18時から嵐がやってきたのです。18時から翌朝の8時まで一睡もすることなく働くこととなりました。本当にひどい1日でした…。私は超過勤務を計算する仕事も持っていますので出場時間の管理をしているのですが、出場から帰署、そしてまた出場、次の出場までの消防署での待機時間、18時以降全て10分未満でした。18時から翌朝8時までの14時間での救急車の消防署待機時間は合計しても40分くらいです。救急車はほとんどまったく消防署にいないのです。この日は相当ひどかったですけど、別に近くにテロが起こった訳でもありませんし、大型バスが転倒した訳でもありませんし、電車が事故を起こした訳でもありません。大都市部ではこんなことが日常なのです。原因はこの常習者Gに代表されるような本当に簡単に救急車を呼ぶ人たちが引っ掻き回しているから。午前中、静かだと喜んでいた救急隊員たちは夕方からいっさいの休憩も許されず働き続け朝になりました。8時を超えてここまで15件の出場、…もうやめてくれ。。もちろんこの15件のうち10件以上はため息の出る現場でした。昨日は交替前に出場した前の日の当務員に「申し訳ないけど帰ってくるまで事務仕事ができる」喜んでいた私たち。次の日の朝は全く逆の立場になります。あと20分、あと15分、今日は一睡もしていないんだ…本当にお願いだからもう出場かからないで!天にも祈る気持ちです。そんな私たちを打ちのめした16件目の出場がかかりました。この年最高の出場件数、16件目、交替するはずの救急隊員たちも「お気の毒に」って顔で私たちを見送りました。

 「救急出場、K町2丁目Gさん方、男性は腹痛。本人からの通報」
救急隊員「またアイツかよ〜!あの野郎〜!」
目を真っ赤にしたベテラン救急隊長が叫びました。
救急隊長「あの野郎!ちっとも分かってないじゃないか!今度ばかりはゆるさねえぞ!」
ここまでいっさい眠らずに運転してきた救急機関員にはもう口を開く元気もありません。
この1当番、1件目常習者G、そして16件目常習者G、常習者Gではじまり常習者Gで終わるこの1当番、もう本当に本当に本当にうんざりです。昨日のD病院の先生よりもものすごい形相の救急隊長が現場に向かいます。一睡もしていない、まったく休憩もしないで14時間以上も働き続けたその目の充血ぶりと顔色の悪さが怖さにさらなる迫力を与えている。ああ昨日も曲がったあの角を曲がるとGがいるのか…。

 狼少年は手口を変えるにつづく

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