救急救命士のため息 パラメディック119〜すべては救命のために〜
パラメディック119ためいき現場狼少年は手口をかえる Last up 2005.12.8

救急救命士のため息現場 case18

狼少年は手口をかえる

 このお話は狼少年は反省しないの続編となります。このお話を読む前に狼少年は反省しない、狼少年に殺されるをお読みください。

 D病院の先生にこっぴどく怒られた常習者G、少しは懲りてしばらくは救急車を呼ばないだろうと思っていた私たちの思惑は見事に裏切られ、次の日、朝8時過ぎの交替直前に2度目の救急要請がありました。この年最高の16件目の出場となったこの事案、休憩もとれずもちろん睡眠ゼロの目を真っ赤にした救急隊長が「あの野郎許さねえ〜!」と叫び救急車は常習者Gの元へ駆けつけます。一睡もしないで運転し続けていた救急機関員にはもう怒る元気もない…。

 現場到着。常習者Gは昨日と同じように部屋の窓から顔を出していました。昨日は救急車がやってきたのを確認すると自分から2階から降りてきたのですが、今日は隊員が救急車を降りてもまだ2階の部屋から顔を出していました。
救急隊員「Gさん、今度はどうしたの?とにかく降りてきてよ!」
常習者G「もう降りることもできないんだよぉ…、これ投げるから入り口開けて入って」
Gさんの手にはアパート入り口の鍵が握られていました。狼少年は反省しないにも書きましたようにGさんのお宅はアパートの入り口にドア、鍵がかかって、さらに各部屋に鍵があるのです。Gさんが2階の部屋から救急隊員に投げて渡そうとしていたのはアパートの入り口の鍵でした。救急隊員はその鍵でアパート入り口を開けて2階まで迎えに来いということです。
救急隊員「何言ってるの?いつも降りてくるじゃないですか、今日になって…」
すかさず隊長が、
救急隊長「甘ったれてんじゃないよ!降りられるんだから降りて来い!」
うわぁ〜隊長完璧キレてる。
隊長にそう言われると常習者Gは窓から顔を引っ込めました。あれ?いつもならここで暴言を吐くのに??ガチャリ、アパート入り口のドアが開いた。

 傷病者接触。
常習者G「足が痛くて歩けないんだ…」
救急隊員「あのね、Gさん、昨日もそういって…」
すかさず隊長が、
救急隊長「あんたなぁ、昨日散々D病院の先生に怒られたろ?まだ分からないのか?」
常習者G「いえ、本当に申し訳ないんだけど、足が痛いんで病院に行きたいんです」
あれれ?あれれれれ??いつもなら「おめえはわからねえヤツだ!」とか暴言を吐くのに??あれれ?
救急隊員「Gさん、とにかく救急車に乗りましょうか」

 車内収容。自ら救急車に乗り込んだ常習者G、救急車の座席にいつものように座りました。
救急隊長「今日はなんだっていうの?」
常習者G「足が痛いんです。病院に連れて行ってもらいたいんです。」
救急隊長「今日もD病院で診てもらいたいの?」
常習者G「いや、いいえ…、D病院はちょっと…」
救急隊長「なんで?いつもD病院で診てもらっているじゃない?昨日もすぐに診ないって怒っていたじゃない?D病院で診てもらいたいんでしょ?」
常習者G「いや…D病院じゃないところがいいです」
やれやれと思って救急機関員を見ると「だから言ったでしょ?D病院には行きたくないって言うだけで、何にも変わらないってこの人は…」って目で訴えている。隊長の剣幕にこの活動、隊員も機関員も出る幕がない。
救急隊長「ねえ、Gさんさ、昨日D病院の先生にあれだけ怒られたでしょ?あれでその後、どうしたの?」
常習者G「あのあと、なけなしの金をはたいてタクシーに乗ってK病院に行きました。だから今日はK病院に連れて行ってもらいたんです。」
救急隊長「そうなんだ、自分で病院に行ったんだね、今日も自分で行けるでしょ?じゃあ今日はなんで救急車呼んだの?昨日D病院の先生散々怒られたでしょ?昨日怒こられたからD病院にはいきたくないんでしょ?」
常習者G「本当に救急隊の人には申し訳ない。あなたたちはなんにも悪くない。本当に申し訳ない。」
ひたすら低姿勢の常習者G
救急隊長「ねえ、どうしたの?Gさん、いつもなら「この野郎」とか、「お前たちは」とか言うじゃない?昨日先生に散々怒られたからやり方を変えたの?ねえGさんいつまでこんなこと続ける気なの?救急隊がいつもいつも大人しくしているからあなたやりたい放題だけどさ、この辺りの救急隊はみんな知っているんだよ、あなたがこうやって1日に何度も何度も救急車を使って、いつまでこんなこと続ける気なの?」
常習者G「…」
救急隊長「ねえGさん、あなた昨日も私たちがD病院に運んだ。先生に散々怒られたよね?あなたがこんな風に救急車を使ったら本当に必要な人が死んじゃうって、ねえ、今すぐそばで小さな子どもが死にそうだったらあなたはなんとも思わない?今まで何百回も救急車使ってきたけど、あなたがそんな風に使ってきたからひょっとしたら死んでいる人がいるかもしれないなんてあなたは考えないよね?誰かが死んでいたとしてもあなたは何も感じない?」
常習者G「…」
救急隊長「あなたいつも私たちにこの野郎だとかそういって暴言を吐くよね?今日はどうしたの?そうやって低姿勢にやり方を変えたの?先生に怒られてやり方を変えたの?Gさん、あなた私みたいなずっと年下の男にこんなこと言われてどう思う?恥ずかしいとは思わないの?もうこんなことやめていただけませんか…」
常習者G「…」
救急隊員も救急機関員も黙りこくる。静まり返る救急車内、いつも温厚な救急隊長が目を真っ赤にして怒っている。ああ隊長がここまで言うなんて。

 ここをご覧の方の中にはあるいは、それでも「救急車を呼んだ方に対して救急隊長がこんなことを言うなんて」って思う方もいるかもしれない。でもね、救急隊員の私から見て、この救急隊長、本当に素晴らしい救急隊長です。私は救急に携わる者としても、隊長としても、人間としても尊敬しています。私も何人かの救急隊長と仕事をさせていただきましたが、その中でも最高に尊敬できる本当に素晴らしい隊長です。これまでの褒章歴や消防署での評価だって申し分のない隊長です。いつもいつもどんなに疲れていてもどんなに眠くても、傷病者に対する対応は本当に尊敬に値する見本になる活動ばかりです。傷病者やその家族が「あの隊長さんによくしてもらったから」と消防署を訪ねてくることだってたくさんありました。隊長は消防官になってからそのほとんどの数十年間救急一筋にやってきた方です。救急にかける情熱、誇りだって私なんかよりずっと持っている人です。きっとこの常習者Gに救急隊員や機関員なんかよりもずっとずっと怒りをおぼえていたのでしょう。

常習者G「…病院はいいです、行かないです。」
救急隊長「Gさんね、行かなくて大丈夫なの?救急隊はあなたが病院に行く必要があると言うなら行かなくていいと言えないし言わない。」
常習者G「大丈夫です。もう少し様子をみます。」
救急隊長「そうですか、分かりました。あのね、Gさん、これからは今までみたいに救急車を使わないでね、昨日先生が言っていた様に本当に困っている人が使えなくなっちゃうんだ。だけどね、救急隊はあなたが本当に困った時には全力であなたを助けるから。あなたの呼吸が止まっていたら人口呼吸だってするし、心臓が止まっていたら一生懸命心臓マッサージする。私が持っている知識も経験もあなたの命のために全力で使う。だけどねあなたがこんなこと続けていたら狼少年になっちゃうよ、だれもあなたを全力で助けようなんて思わなくなっちゃうよ」
常習者G「分かりました。すみませんでした。」
やっとここに辿りつきましたね、この隊長のセリフがこのタイトル根源なんです。こんなこと続けていたら狼少年になっちゃうよ。

 16件目の活動、本人が搬送拒否で終了。…終わった、終わった…本当に疲れた。申し送りを終えて今日の活動の報告書等々、事務処理がある。事務室でその処理をしている中、ポンプ隊員たちが申し訳なさそうに帰っていく。なんて恨めしいのでしょうか。シャワーを浴びに行ったのか隊長がいない。
救急隊員「それにしても今日の隊長、今までで一番の大迫力でしたね。これに懲りてさすがにGさんもしばらくは呼ばないでしょ?」
救急機関員「…甘いよ、甘い!隊長には悪いけどあの手の人たちはよく知ってるんだよ、119したってオレたちがいつも行くわけじゃないんだからさ、変わらないって」
結論から言うと、残念ながら機関員の言うことが当たりました。それでも1日2回救急車を要請していたこのGさん、D病院の先生に怒られたこと、うちの隊長に怒られたことを機会に2週間ほどは要請しませんでした。
救急隊員「最近、Gさん呼ばないですね〜!先生と隊長の言葉が効いたんですかね〜?」
救急隊長「そうだろ〜!オレがアレだけ一生懸命言って聞かせたんだから」
救急機関員「Gさん本当に具合が悪くて救急車呼ばないんじゃないの?」

 そんな風にのどかだったのも2週間、結局今までとなんら変わらず、Gさんはやっぱり1日1回2回と救急車を呼ぶようになりました。ところが、うちの隊が駆けつけ隊長の顔を見ると「すみません。申し訳ない」を連呼するようになったのです。でも他の隊の時はやっぱり暴言を吐くようです。私たちの隊の時だけ手口をかえる狼少年、現実はなんにも変わりませんでした。

 私たちの隊に限らず、これまでと同じように何度も何度も常習者GさんのいるK町2丁目に出場する救急車、そんな日常が繰り返される中、K町2丁目に住んでいる住民の方から消防署に電話がありました。内容はこんな感じでした。
K町住民「私はK町2丁目に住んでいる者です。毎日毎日私の家の近くの老人男性が救急車を呼んで、それで歩いて帰ってきます。1日に何度も救急車を向かわせて、消防署は何をやっているんですか?なんともない人に救急車を使うのはおかしいし、近所だってこう毎日救急車が来るとサイレンがとてもうるさいです」
消防署の救急担当係長が「傷病者の方には救急車の適正利用をご理解いただけるように対応しているのですがなかなかご理解いただけなくて…」なんて対応をしていました。
住民からの苦情の後、係長が各救急隊長に言いました。
係長「K町の住民から苦情がありました。Gさんの家に出場する時はサイレンの吹鳴など周辺住民に配意してね」
救急隊員たち「…」
緊急事態だから夜中だってなんだってサイレンを鳴らして駆けつける緊急自動車が救急車です。緊急だから救急車を向かわせるんでしょ?サイレンなどの吹鳴に配意??そんなことするくらいなら救急車自体必要ないじゃないか。そもそも赤色回転等を回してサイレンを鳴らして緊急自動車なんです、サイレンを鳴らさなかったら緊急自動車じゃありません、ただの自動車です。

 とはいうものの周辺住民のいうこともごもっとも、毎日毎日昼夜を問わずサイレンを鳴らしてやってくる救急車にはきっとうんざりでしょう。毎日毎日119番を受ける勤務員もうんざりでしょう。住民の苦情に頭を下げる消防署の係長だってうんざりでしょう。そして現場の私たち救急隊、配意しろという上司、うんざりした目でこちらを見ている周辺住民、暴言を吐く常習者G、その狭間でもうなんにもいうことありません、うんざりなんて通り越しています。そして何より、この常習者Gさんが救急車を使っていたことで迅速な救護を受けられず苦しんだ人、あるいは死んだ人、うんざりどころの話じゃありませんね…。

 私たちの隊には手口をかえた常習者Gはいつものように救急車を呼んでいます。今までと何も変わりません。いつものようにGさんは119していつものように病院に行きます。かわったことは受け入れてくれる病院がどんどん減ってきて搬送先病院が少しづつ増えてきたことと遠くなってきたこと。このGさんへの活動時間も少しづつ伸びてきて、きっと私たちの救急隊の周辺住民は迅速な救護を受けられない可能性が増えてきたと思います。すごく大きな問題だと私は思うのですが、現実はただそれだけのことなんです。

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