救急救命士の仰天現場 パラメディック119~すべては救命のために~

パラメディック119-すべては救命のために-
救急救命士のため息現場報告 case46

パラメディック119救急救命士のため息現場救急車はタクシーではありません up data 2009.3.31

救急車はタクシーではありません

 私たち救急隊員が本当に喉まで出掛かる言葉、「ねえ、救急車はタクシーじゃないんですよ」でも、言いたくても言えない…。こんな事を言うといらない苦情に繋がりたいへんな思いをするからです。ただあの時ばかりは例外でした。

 日も西に傾き始め夕方にさしかかろうという時間帯でした。「救急隊出場、○町○番H方急病人、女性は腰部の痛み動けないもの」との指令に私たち救急隊は出場しました。

 現場到着
指令先のHさんのお宅は一戸建て、大きく手を振る男性の姿が見えました。おや?その隣に腰を曲げた女性の姿が見えます。きっとあの人が傷病者なのでしょう。

 傷病者接触
手を振る男性のすぐ目の前に停車した救急車、サイドドアを開けて救急隊員が話しかけました。
隊員「要請いただいたHさんですね?患者さんはそちらですか?」
男性「ええ、お願いします」
隊員「痛いのは腰でしたね?すぐにストレッチャーを用意しますよ」
傷病者Hさん「いえ、大丈夫、救急車にはどうにか乗れます」
隊員「そうですか、では私が手を貸しますね」
傷病者のHさんは60代の女性、手を振っていた男性はHさんの旦那さんでやはり60代くらいの方でした。もともと腰椎ヘルニアをお持ちの方で腰部痛を持っているとの事でした。腰が痛く歩くのは辛そうでしたが、まったく動けないと言うことはなく、隊員が手を貸さなくても歩行は可能でした。自ら救急車内に乗り込み、ストレッチャーに横になりました。

 車内収容
救急車に乗り込むなりに診察券を差し出したHさんの旦那さんはこう言うのでした。
夫「K病院にお願いします」
この手の方は時々います。○病院まで行ってくれる、診察券をバっと差出しすぐに行け言う方、タクシーじゃないんだから…。
隊長「HさんはK病院にかかられているのですか?」
夫「ええ、K病院に急いでお願いします」
隊長「K病院には何を治療してもらったのですか?腰部痛で?」
Hさん「ええ、昔、腰椎ヘルニアでかかった事があります、今回も同じような痛みなのでK病院にお願いします」
隊長「そうですか、整形外科で治療してもらいました?」
Hさん「そうです」
隊長「今も治療を続けられているのですか?」
Hさん「いいえ、最後にかかったのは半年くらい前かしら」
隊長「そうですか、病院には連絡を取られましたか?」
Hさん「いいえ、連絡はしていません」
夫「H病院に急いでお願いします」
隊長「…あのね、ご主人、救急隊もかかりつけであっても今の奥さんのご様子や主訴も分からないまま病院には連絡できませんよ」
夫「はぁ、そうですか」
隊長「血圧や今の状態などお身体の様子を調べさせてください」
夫「はぁ、分かりました」
Hさんのバイタルは特に問題なし、痛みは腰部痛のみで本人は以前に患ったヘルニアの痛みだと訴えていました。
機関員「隊長、K病院は今日は整形外科の診察は不能ですよ、整形だと直近は○病院です」
隊長「…そうか」
私たちの町には救急車に搬送先の医療機関情報が調べられる端末が設置されています。Hさんが希望するK病院は整形外科が診察不能状態でした。
隊長「Hさん、今調べたのですがK病院は整形外科が診察不能状態です、ここから一番近くて整形外科が診察可能な病院は○病院なのですが」
夫「それは困るよ~、もうK病院に行くって言っちゃったし」
Hさん「そうよね、困るわよね」
隊長「K病院に行くって言った?それは誰にですか?」
Hさん「娘にです、○町に住んでいるんですけど救急車でK病院に行くから病院で待っているように伝えてあります」
隊長「はぁ、ただK病院は診察できない状態ですからね…」
夫「どうにかK病院に連れて行ってもらえませんか」
自分たちですっかりK病院に行くものと決めており、娘にはK病院で待つように連絡してあるとのこと。Hさん夫婦はK病院への搬送を熱望するのでした。これは一度K病院に連絡してみないと納得しないだろうな…。
隊長「分かりました、以前にもかかっていますし、ご本人の希望ということで連絡してみましょう」
Hさん「お願いします」
現場であるHさんのお宅からK病院までは数キロの距離、この日のK病院の体制では整形外科は診察不能状態であったのですが、一番近い医療機関であること、半年もかかってはいませんのでかかりつけと言うには厳しかったのですが、Hさん本人、夫の強い希望があったため一応K病院に連絡してみました。

 K病院に搬送連絡
隊員「…という患者さんなのですが」
看護師「整形は今日は対応できません」
隊員「ええ、そちらが今日不能なのは分かっているのですが、そちらに同症状でかかった事のある方でしたし、ご本人にも希望があったの連絡させてもらったのですが…やっぱり無理ですか?」
看護師「ごめんなさいね~、今日は絶対無理よ、整形の先生もいないし、レントゲンもメンテナンスで止まっちゃっているもの」
隊員「そうですか…それでは対応できませんね、分かりました」
看護師「申し訳ないですね」
隊員「隊長、やっぱりダメですって」
隊長「了解、Hさん、やっぱり無理ですって、他の病院を当たりますよ」
Hさん「そうですか、仕方がないですね」
隊員「整形外科で診察可能な○病院に連絡しますから」
夫「困るよぉ、娘はK病院に行ってしまっているんだから」
隊長「ご主人のお気持ちも分かりますけどK病院は整形外科の先生がいらっしゃらないし、今日はレントゲンも使えないそうなのですよ、対応できませんよ」
夫「それはそうなのかもしれないけどさ、困るなぁ」
隊員が○病院に連絡している最中にも夫はぶつくさ文句を言っていました。困るよぉ文句を言われても…はぁ~ぁ…。
夫「困ったなぁ、あいつは携帯電話も持っていないしなぁ」
ぶつぶつ言っていた夫が何かを閃きこんな事を言い出しました…。
夫「そうだ!それじゃあ、病院が決まったらK病院に寄ってもらって娘を乗せてから向かってもらうって事でお願いしますよ」
隊員(は?何だって!?タクシーじゃないんだよ!何バカなこと言っているの!)
隊長「はぁ…あのね!ご主人、救急車はタクシーじゃないんだからそんなことできませんよ!奥さんを緊急搬送するために救急車をお呼びになったのでしょ?娘さんを迎えに寄ってじゃ緊急でなくなっちゃうでしょ!」
夫「はぁ、そうですか」
やれやれ…。それにしても隊長、さすがにイライラしたのでしょうか、「救急車はタクシーじゃない!」高らかに宣言してくれました。よく言った!

 病院到着
結局、2件目に連絡を取った○病院に搬送することとなりました。「腰痛症 軽症」

 帰署途上
隊員「診察券を出すなりここに行ってくれって」
隊長「さらには娘を迎えに行けって…バカにしているよな?」
機関員「ったく、流しのタクシーじゃねえっつうの!」
隊員「本当ですよね!」
「救急車はタクシーではありません」全国の消防本部で掲示されているキャッチコピーの通りでした。今回のHさんご夫婦、下手すれば診察券を持って手を振って通りかかった救急車に「へい!救急車~」言いかねない雰囲気でした…。

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