医師か、患者か、救急隊か?
新型インフルエンザが猛威を振るっています。これから冬に向かい乾燥していく中、季節性インフルエンザにも油断できない状況になります。こんな中、私たち救急隊もかなりの数の発熱患者、新型インフルエンザの疑いのある方を搬送しています。インフルエンザ脳症や重症化し死亡したケースなども報告されていますが、それは非常に稀なケースです。これまで私が扱ってきた新型インフルエンザ疑いのある方々はすべて意識は清明、普通の風邪と症状的には何ら変わらない方たちばかりでした。今回のお話はつい最近のお話で、しかも似たような現場が多々あります…。こんな患者さんがたくさん来るのか、引き継いだ医師にも厳しく言われてしまいました…。新型インフルエンザの流行で救急病院の休日診療体制が取りざたされています。きっと全国各地で似たようなお話はあると思います。
あともう少しで交替だという朝8時ちょっと前、ゴールのテープが見えてきたのにゴールはもっと先でしたと言われるような、最も堪えるその時間に出場指令が鳴り響きました。「救急出場、○町○丁目Y方、男性は発熱し動けないもの、通報は妻から」との指令に私たち救急隊は消防署を飛び出しました。
出場途上
Yさんのお宅は受け持ち区域です、到着まで5分程度でした。出場途上、通報電話番号に連絡し、簡単に傷病者の状況を聴取しました。
隊員「もしもし、Yさんのお宅ですね?ご通報頂いた奥さんですか?」
奥さん「はい、そうです」
隊員「患者さんの状況を教えていただけますか?発熱があり動けないと伺っているのですが意識はしっかりとしていますか?」
奥さん「それは大丈夫です、ただ発熱があってフラフラしてしまってとても病院に行けそうにないので…」
隊員「そうですか、ご主人はおいくつになりますか?かかられている病院やご病気はありませんか?」
奥さん「6×歳になります、H病院にかかっています、ただH病院は混んでてとても無理なのでお願いしました」
隊員(混んでいる?何でそんなことが分かるんだ?電話でも入れたのかな?)「そうですか、H病院がかかりつけですか?何を診てもらっているのですか?」
奥さん「特に何と言う訳ではないです、今日みたいにたまに風邪をひいたり熱が出たりすると近所なのでずっとかかっています、特に何かをずっと治療してもらっているという事ではありません」
隊員「そうですか、では特に持病をお持ちの方と言う事ではないのですね?」
奥さん「はい、主人は健康で風邪をひくこともめったにはありません、娘が先週にインフルエンザにかかったので多分そうじゃないかと」
隊員「そうですか、分かりました、もう少しでそちらに到着しますのでもう少しお待ちください」
聴取した内容を隊長に報告する。
隊長「それじゃ傷病者の娘がインフルエンザになっていたってことだね?」
隊員「そうです」
隊長「それじゃ傷病者もその可能性が高そうだなぁ」
現場到着
指令先のYさんのお宅は一戸建てでした。自宅の前に30~40歳ぐらいの女性が手を振っていました。
隊長「救急隊です、患者さんのご家族ですね?」
娘さん「そうです、娘です」
隊長「患者さんはどちらにいらっしゃいますか?案内をお願いします」
娘さん「こっちです、今、支度をしています」
娘さんの案内で玄関を開けるとそこには男性が靴を履こうとしていました。
奥さん「すみませんお願いします」
Yさん「お世話になります」
どうやらこの方が傷病者のようです…。指令内容、さらに電話での情報では「発熱で動けない」はずだったのに…。
傷病者接触
傷病者は60歳代の男性でYさん、しっかりと身支度を整えている様子で靴を履いていました。通報者である奥さんが付き添っていました。
隊長「こんにちは?患者さんはあなたですか?」
Yさん「ええ、どうも」
隊長「歩かれて大丈夫ですか?動くことができないとお聞きしているのですが」
Yさん「大丈夫、ちょっと歩くくらいなら問題ないよ」
隊長「そうですか…では、あそこに救急隊のストレッチャーが準備してありますから、あそこまで歩くことはできますか?介助しますから」
Yさん「ストレッチャー?介助?いや…そこまでしてもらわなくても大丈夫なんだけどな…」
隊長「まあそう仰らずに、救急車の中で血圧や体温を測らせていただいたり、詳しいお話を聞かせてください」
隊員「さあどうぞ、私につかまってください」
Yさん「いやいや、申し訳ないね」
隊員が介助しましたが、Yさんはその必要もないしっかりとした足取りでストレッチャーに乗り込みました。
車内収容
奥さんと共に車内収容しバイタルを測定、Yさんは確かに39度台の発熱がありましたが他のバイタルに特に問題はありませんでした。ただストレッチャー上ではぐったりと具合が悪そうにしていました。39度もの発熱があれば身体も重いことでしょう。救急隊からの質問には奥さんがしっかりと応えてくれるのでした。
隊長「それでは先ほど電話でお聴きした通り、過去に大きなご病気はありませんね?H病院はかかりつけと言っても風邪などをひいた時にかかるだけですね?」
奥さん「ええそうです、病気らしい病気は何もないです」
隊長「発熱は昨晩から…と言うことは、今朝までは様子をみていたのですね?」
奥さん「ええ、今朝になったらH病院にかかればよいと思って」
隊長「そうですか…娘さんがインフルエンザになったとお聞きしたのですが…案内に出て頂いた方が娘さんですか?」
奥さん「そうです、先週にインフルエンザになってしまって…今度は主人が発熱してしまって…多分、うつったんじゃないかと思います」
隊長「今日は平日ですがH病院はやっていないのですか?」
奥さん「やっていますよ」
やっている?今は朝の8時台、病院によってはもう開いているし、あと30分もすればどの病院も外来診察を始める時間です。では何で救急車なのでしょうか?
隊長「H病院にかかろうと思って今まで様子をみていたのですよね?H病院には連絡を取られたのですか?」
奥さん「H病院はさっき行ってきました」
隊長「行ってきた?」
奥さん「やっぱりインフルエンザが流行っているのね、朝一番で行ってきたって言うのに20人近くも待つ事になるって言うんです、そんなにはとても我慢できないので一度帰ってきたのですけど…」
隊長「…」
隊員(はぁぁ…やれやれ…)
奥さんの話によれば、昨晩から発熱し始めたYさんはたいしたことはないからと、朝になったらいつものH病院にかかればよいと我慢していました。苦しくて眠れなかったと言うこともなく朝になり起床、やっぱりまだ発熱があり倦怠感もある、先週娘さんがインフルエンザになっているし心配だからと娘さんが運転する乗用車でいつものH病院を訪れたそうです。ところが患者さんでいっぱい、待ち人数は20人ほどにもなったそうです。そんなに待つのは嫌だという事でH病院での診察を諦めて家に帰ってきたとの事でした。…そして救急要請に至ったと言う事なのです。
奥さん「帰ってきたのはよいけれど…もう動けなくなってしまって…」
隊長「はぁそうですか…」
歩いていたじゃないの…ご本人も救急隊の介助なんていらないって言うくらいにしっかりと…はぁぁ…。受け入れ先はすぐに決まりました。
病院到着
救急隊のストレッチャーから診察室のストレッチャーに移されたYさん、医師の診察が始まりました。やはりこれまでの経過などは奥さんが応えているのでした。先ほどと同じ内容を医師にも説明する奥さん…
医師「…そう、それではいつもかかっているH病院は混んでいて診察を諦めたって事ですか?」
奥さん「そうなんですよ~、やっぱりインフルエンザが流行っているんですね」
医師「…あのね、奥さん、救急車って言うのは命の関わるような症状の方のためにあるものなのですよ、混んでいたから帰ってきて救急車って言うのはいかがなものですか?救急車の使い方が問題になっているってご存知ありませんか?」
奥さん「いや…でも歩けなくなってしまったから」
医師「歩けない?歩けませんか?ねえご主人、ちょっとこの車椅子に座ってみましょうよ、これから検査にも行って頂かないといけませんから」
Yさん「はい」
先ほどと同じようにYさんはしっかりとした足取りで病院のストレッチャーから起き上がり車椅子に座りました。
医師「動けない?動けるじゃない?しっかりとしているじゃないの?」
奥さん「でも家ではフラフラしてしまって…」
医師「Yさん、とても長い時間は待っていられないと思いましたか?」
Yさん「えぇ、そうなんですよ」
医師「この病院も今も待合室で何十人も診察を待っていますよ、救急車なら早く診てもらえると思ったのですか?」
Yさん「あは…いや…ほら、まだ診察が始まる時間じゃないから救急車なら待たないで診てもらえると思って…」
はぁぁ…。このYさんはとても正直な方で、照れ笑いを浮かべて何でも本当のことを話してしまうのでした。その横でばつが悪そうにしている奥さんでした。
医師「こういうのが不適切って言われている救急車の利用の仕方なのですよ、救急車は緊急の方が使うものです、こんな風に救急車を使うのは止めてください」
Yさん「はい…すみません…」
医師「…インフルエンザの検査もしましょう、他にも検査がありますからこのまま検査室に行ってください」
奥さん「はい…」
医師に厳しいことを言われたYさんと奥さんはしゅんとした様子で診察室を出て行きました。隊員もYさんご夫婦について行き検査室の場所を案内しました。
隊長と医師ふたりになった診察室
隊長「先生、(診察していたいて、それと救急隊が言いたくても言えないことを言ってくれて)ありがとうございました」
医師「…ふぅ。平然と早く診てもらえるから救急車を呼んだって言ってのける…、こういうのをどうにかしないから救急医療体制は何も変わらないって思いませんか?」
隊長「はい…」
医師「…」
怒っている医師、怒りの矛先はYさん夫婦に対して、さらに救急車の適正利用を呼びかけているにも関わらず、こういった事案を運び込んでくる私たちにも向いているのだと思います…。
「発熱、インフルエンザ疑い 軽症」
診察室を出たYさんご夫婦と隊員
Yさんの車椅子を押している奥さんがこんな事を言っていました。
奥さん「具合の悪い患者に向かってずいぶんひどい事を言うものね」
Yさん「いや…でもまぁ、先生の言う事も分からないでもないよな」
奥さん「そうなのかもしれないけど…」
隊員「あの…奥さん、ここをまっすぐ行って左側が検査室になっていますから」
奥さん「ああ…そうですか、分かりましたどうもお世話になりました」
Yさん「どうもすみませんでした、助かりました」
隊員「いえ、お大事になさってくださいね」
不機嫌そうな表情を浮かべていた奥さん、きっと医師からひどい対応を受けたと思っているのでしょう。もう外来が始まろうとする時間になっていました。救急車に戻ろうと院内を抜けていくと待合室には外来診察を待っている患者さんが溢れていました。あの奥さんの言う通りインフルエンザが流行っているのがその要因なのかもしれません。ここで待っている人はみんな苦しくても順番を待っているって訳だ…。
帰署途上
隊長「Yさん夫婦が検査室に行くからって診察室を出ただろ?先生もはっきりとは言わないけど救急車の適正利用を訴えているくせにこんな事を許していていいの?ってそういう事だと思う」
隊員「ふぅ…先生の言う通りですね、反論の余地がありませんよ、オレたちが思っていても言えない事を全部言ってくれていたじゃないですか、厳しい事を言われても、こうやってしっかり言ってくれる先生はありがたいですよ」
機関員「でもさ…先生の言う通りだけど、ひとたび住民からの苦情になんてなったら全部オレたちの身に降りかかってくるからなぁ…」
隊員「確かに…実際、診察室を出た奥さんは不満そうな事を言っていましたよ、Yさんは割りと納得していたみたいでしたけど…現場で下手な事を言えばあの奥さんは黙っていないかもしれませんね」
隊長「救急車の適正利用を呼びかけるのもオレたちの仕事だと思うけど、現場でやるのはリスクが高すぎるよな…」
隊員「こっちも話の通じる人を見ますよね、でも本当は話になる人じゃなくて、話にならない人の方が問題なんですよね…、そういう人にこそ必要な適正利用の呼びかけなのに…それが言えないで小さくなっているんだから…先生の言うことは悔しいけどごもっともですね…」
機関員「先生の言う事も正しいとは思うよ、でも何でも現場に投げすぎなんだよ、苦情になれば結局は現場の人間が叩かれるって言うのに…」
隊長「そうなんだよなぁ…、もっと上でやらなくちゃいけない問題だよな…やっぱりオレたちは余計な事を指摘されないように今まで通り活動しような…」
隊員「そうですね、現場では下手な事は言わないに限りますね…」
機関員「はぁぁ…結局はそうだよなぁ…」
診察室から出た奥さんはひどいことを言われたと言っていました。この事案、ひどいのは医師か、患者か、救急隊か?この記事へのご意見・ご感想、追加、修正などなどをお寄せください。パラメディック119ブログ版・救急救命士の待機室にコメントを残すことができます。
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