確かに上司

仰天の現場

救急隊の出場先は非日常であることがあります。あなたの知らない世界を知ってしまうことも多い。

出場指令

暖かい日差し、とても良い天気の日でした。

「救急出場、⚪︎町⚪︎丁目Mマンション▲号室、女性は腹痛、通報は男性」

との指令に救急隊は出場しました。

現場到着

マンションの玄関前に停車、現場である▲号室に向かいました。

隊長「こんにちは、救急隊です、通報していただいた方でしょうか?」
若い男性「はい、お腹が痛いと言うので連絡しました…奥の部屋にいます、顔色も悪いみたいで…」
隊長「患者さんはおいくつの方でしょうか?お話はしっかりできる状態ですか?」
若い男性「話はできます、年は…知らないです、20歳くらいだと思うんですけど…」

若い男性は通報者で、傷病者がいるという部屋まで案内してくれました。マンションは2LDKの間取りで一般的には家族3、4人が暮らしていそうなサイズ感です。何だろう…この違和感は?部屋の廊下には段ボールが積まれていて、廊下の半分を占領しています。狭くなっている廊下を進んだ奥の部屋に傷病者はいました。中年の男性が付き添っていました。

傷病者接触

部屋には全く生活感はなく殺風景、キッチンにも荷物があり使っている様子はない。家電は電話とテレビくらいしかありません。若い女性が生活している部屋とはとても思えない。何かの会社?オフィスとは思えないけど倉庫という感じでもない。掃除は全くされていない様子で、あちこちに埃が積もっています。廊下にもあった段ボールがこの部屋の隅にも積まれている。

隊長「こんにちは、お腹が痛いのですって?」
傷病者「うん、そう」
隊員「私は血圧などを測らせてもらいます」
傷病者「うん、分かった」

傷病者は19歳の女性でFさん、受け答えはしっかりとできる状態でした。かなり派手な化粧と日焼けした肌、けっこう強い香水の臭いがしました。いかにもギャル、指は派手なマニュキアでパルスオキシメーターが上手く作動しない。ソファーに横たわっており、腹痛と脱力感でぐったりとしていました。顔色が悪いとのことでしたが、この日焼けと化粧で顔色の判断は困難です。

隊長「なるほど、それでは昼過ぎ頃から突然痛くなったのね?食当たりの心当たりはありませんか?下痢はしていないですか?」
傷病者「うん、特に悪いものなんて食べてない、下痢とかない」
隊長「生理痛とは違いますか?」
傷病者「生理とかじゃない、ホントにマジで痛い」
隊長「デリケートなことを聞いて申し訳ないのだけれど、妊娠の可能性はありませんか?」
傷病者「ちゃんとつけさせるし、本番絶対させないし、ないかな〜」
隊長「そうですか…」

やれやれ…Fさんは30歳以上も年齢差のある隊長相手にもこんな風にタメ口です。妊娠の可能性はない、ちゃんと避妊しているか…。おや?あれは…?電話の前にはホワイトボード、女性の名前が書いてありスケジュール表になっていました。ひょっとしてここって…?

隊長「これから救急車で病院を選定します、どなたが付き添ってくれますか?ご家族と連絡は?」
傷病者「家族とか絶対無理」
男性「オレが付き添います」
隊長「あなたは患者さんとはどのようなご関係になりますか?」
男性「え”…関係?関係ですか…関係…」
隊長「…」

誰が付き添うのか、病院に伝える必要のある情報です。口ごもる男性に隊長が助け舟を出すのでした。

隊長「上司…かな?お仕事の上司に当たる方なのでしょ?」
男性「上司?上司か…うん…確かに上司ですね、仕事の上司です」
隊長「分かりました」

確かに上司ってどんな関係?傷病者に付き添っていた中年の男性が付き添うことになりました。この男性も通報者もとにかくFさんに優しい。親身になっている様子で大切な扱いをするのでした。

男性「大丈夫、今日は無理しなく良いからね、予約はキャンセルするから」
傷病者「うん…そうする」
男性「心配しなくて良いよ、また良くなってから頑張ってくれれば良いからね」
傷病者「ああ〜マジで具合悪い…」
男性「今は身体を大切にしようね」
傷病者「うん、明日もダメだったらマジごめん」
男性「そんなの気にしなくて良いから、早く元気になってよ」

19歳の女の子から常にタメ口で接される「確かに上司」どんな会社だよ…。

医療機関到着

救急隊は内科をメインに婦人科もある病院を選定しました。

「腹痛 軽症」

帰署途上

機関員「散らかった部屋だったな〜、あの埃…」
隊長「ああ、彼女の身体を心配するならあの環境はダメだな」
機関員「別に心配なんてしてないでしょ?」
隊長「いいや、大切な商品だ、本気で心配だろ?」
機関員「そうか…確かに彼女がいないと仕事にならないな、ある意味本気で心配するか…上司って言うのはちょっと無理があるかと思ったけど、確かに仕事の上司ではありますね」
隊長「そうだろ?たぶん彼がビジネスオーナーで彼女は従業員だ」
機関員「う〜ん…まあ確かにそうなりますね、ただ従業員って言うにはやっぱり違和感があったなぁ」
隊長「彼女の社会性はゼロだったもんな、上司と部下の関係なら一応は社会人だものな」
機関員「隊長と彼、ふたりの大人が上手い表現を探しているのに全く空気感が読めてなかった」
隊長「ああ、ずっと上司にタメ口で部下っぽさはゼロ、まあオレにもだったけど…」
機関員「彼女に空気感を読み取れって言うのは無理な話だな」
隊員「あのホワイトボードのスケジュール表で分かりました、あそこで何らかの風俗みたいなのをやっているのですよね?」
機関員「デリヘルだろ?あそこから彼女を客の下まで乗せて行くのだろ?案内に来た男性が運転手なんじゃないかな?」
隊員「デリヘルって、デリバリーヘルスのことですよね?あそこが拠点で派遣するのか、なるほど〜」
隊長「またまた〜よく知っているくせに」
隊員「知らないですよ、何を言っているんですか!」
機関員「ワザとらしいな〜、彼女は空気感が読めなかったけれど、お前はこの辺りの相場感まで読めるのだろ?」
隊長「その相場感で…今月こそは程々にな?」
隊長・機関員「あははははは〜」
隊員「…」

ちぇ…オヤジども…。

119番通報する前に1秒だけ考えてほしい、 大切な人がすぐ近くで倒れていないだろうか?今、本当に救急車が必要だろうか?と。
すべては救命のために
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