300万円くらいあるんですけど…

仰天の現場

消防官は住民の生命、身体、財産を守ることが仕事です。火災の現場では、人命救助が最優先、人命危険がないと確認できたら延焼防止、住民の財産を守ることも大切な使命です。

この順序は救急隊もまったく同じで、当然、人命が最優先、次に財産を守ること。傷病者の持ち物は?自宅に鍵はかけたか?火の元は大丈夫か?傷病者の病態、状況を確認すること、継続的に見守ること、それに匹敵するほどに財産にも気を配っています。

しかし、この時は順番がおかしくなってしまって…

出場指令

「救急出場、〇町〇丁目…H方、高齢男性は足部の痛み、動けないもの」

との指令に私たち救急隊は出場しました。出場途上に119番通報電話に連絡しましたが応答はありませんでした。

現場到着

現場はかなり年季の入った木造の一戸建て、周りがビルやマンションばかりの中ではかなり浮いた感じの家でした。玄関部分にも雑草が伸びに伸びており、手入れはまったくされていない状態でした。家の前には高齢の男性が立って待っていました。

隊長「こんにちはHさんですね?お待たせしました」
Hさん「足が痛いんだ…今朝から痛かったのだけど、痛くて痛くて動けないんだ」

傷病者は80代の男性でHさん、足部の痛みを訴えているも一人で歩けない訳ではなく、既に身支度を整えている様子でした。ひとり暮らしで同乗者はいませんでした。

隊長「Hさん、ご自分で救急車には乗れますね?詳しい状況は救急車の中で聞かせてください、その前に戸締りと火の元は確認しましたか?」
Hさん「ああ…こんな家に誰も入らないから鍵なんてしなくて大丈夫だ」
隊長「そんなこと言わないで、ちゃんと戸締りをしてください、戸締りを確認しないと救急隊は出発できません、帰ってきた時に大切なものがなくなっていたら大変ですよ」
H「ああ…そうか…分かったよ」

Hさんは半ばしぶしぶ救急隊に促されるからと家に鍵をかけて救急車に乗り込みました。

車内収容

Hさんは両足の痛みを訴えているも自力で救急車に乗り込める状態、特に外観からの異常はなく、バイタルサインにも問題はありませんでした。認知症があるかもしれない?そんな雰囲気のある受け答えでした。

隊長「Hさん、整形外科で選定します、かかりつけなどありますか?」
Hさん「整形外科…近くのK病院にかかったことがあるかもしれないな…」
隊長「診察券をお持ちなら見せてください」
Hさん「このカバンに入っているから開けて出してくれ」
隊員「分かりました、私が開けますよ」

傷病者の所持品を見せてもらう場合、本人が見ている目の前で本人の同意の上で行います。

隊員「Hさんこのお財布ですね?診察券見せてください」
Hさん「ああ、そうだそうだ、開けてくれ」

財布には様々なカードや会員証、レシート、周辺の病院の診察券の束などがパンパンに入っていました。さらに現金が20万円くらい入っていました。
(うわぁ~このおじいちゃん、けっこう持っているものだなぁ)

隊員「う~ん…ずいぶんたくさんの診察券をお持ちですね…、でもK病院の診察券はないみたいですよ」
Hさん「そうか…それならそのきんちゃくに入っているはずだ」
隊員「きんちゃく?ああ…この袋ですね」

カバンよりもさらに年季の入ったきんちゃく袋、かなり汚れています。

隊員「それではこのきんちゃくを開けます…!!!あ、ありました、このK病院の診察券だけちょっとお借りしますからね、K病院の診察券だけ借りましたからね、Hさん、K病院の診察券だけ見せてもらいますからね!」

2度3度と確認しました。というのも…そのきんちゃく袋の中にははち切れるほどに現金が詰め込んであったのでした。診察券番号を確認して、すぐにHさんに返しました。診察券番号を搬送連絡に当たる機関員に伝え、隊長にも小声で伝えます。

隊員「隊長…あの袋、多分300万円くらい入ってますから」
隊長「え!?…了解」

カバンに何が入っていようと傷病者の大切な所持品に変わりはありません。いつも通りに気を配れば良いのは分かってはいるけど…ハラハラする…。救急隊に非がなくてもHさんがなくしてしまったら大変です。物忘れもかなりありそうなこの様子、後で「ひと束なくなった!」なんて言われても大変です。

このような場合、救急隊は3人でカバンには多額の現金があるということを認識し、しっかりと本人に管理してもらう。K病院の診察券番号を確認した後、カバンをずっとHさんの胸の上において医師に引きつぐまでずっと肌身離さず持っていてもらいました。

医療機関到着

看護師にも傷病者のカバンには多額の現金があることを申し伝えました。

「足部痛 軽傷」

帰署途上

隊員「ビックリしましたよ~…あんなに持っているんですもん」
隊長「あの家だもんな、言っちゃ悪いけどそんなにあるとは思えないよな?」
隊員「ええ…物忘れもかなりありそうでしたし、本当に気を使いました…」
機関員「別にオレの金がなくなったって言われたとしても大丈夫だよ」
隊員「そうですよね、あれだけ徹底して気を配ったし、カバンはずっと胸に抱えて管理してもらったし、救急隊がなくしたとか盗ったなんて、そんなことにはならないですよね?」
機関員「違うって、カバンを開けたのはお前だから、隊長もオレもあのきんちゃくに触ってすらないから、オレなんてずっと運転席にいたし、だから大丈夫」
隊員「ちっとも大丈夫じゃないじゃないですか!」

救急隊を続けていると、家の玄関に入る際に様々なことが見えるようになります。しっかりとした生活をしているかどうかは、玄関の整理整頓が行き届いているかと、かなりの確率で相関関係があるのです。今回の現場の様子からはしっかりとした生活をしているような様子はまったく感じ取れませんでした。

手入れされていない家、伸びきった雑草、まさかあんなに多額の現金を傾向しているなんて夢にも思いませんでした。こんな家に誰も入らない、そんなことを言っていたHさん、いつも全財産を傾向しているのか?それとも家にはもっとたくさんあるのだろうか?それにしても鍵もかけないで出かけようなんて、不用心過ぎる。

119番通報する前に1秒だけ考えてほしい、 大切な人がすぐ近くで倒れていないだろうか?今、本当に救急車が必要だろうか?と。
すべては救命のために
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