は?だったら他の病院に行く!

溜息の現場

三重県松坂市の3基幹病院が、入院を要さないような救急搬送患者からも選定療養費を徴収する」と言うニュースが救急車有料化の賛否を呼び話題になっています。2016年からコンビニ受診の抑止のため大病院は、選定療養費を徴収することが義務化しています。

実はこの選定療養費を救急搬送患者からも徴収する病院は既に存在しています。今回の記事は選定療養費の支払いをめぐって医療機関とトラブルになっていた患者さんの下に駆け付けることになった事案です。

出場指令

深夜の消防署に出場指令が鳴り響きました。

「救急出場、〇町〇丁目…▲病院入口、男性は腹痛、通報はKさん本人から」

隊長「転院搬送じゃない…▲病院入口…怪しいね…」
機関員「ええ…病院とトラブル後の要請とか…匂いますね」

▲病院はこの辺りでは最大の病床数を誇る大病院です。もちろん救急指定されており、救急隊が良く搬送する病院です。その病院の入口にいるのなら、そのまま駆け込めば良いのでは?そんな普通のことが通じないのが救急現場です。(とっとと他の病院に連れていけと病院の公衆電話から救急要請した事案)

(119コールバック)

出場途上、救急隊員は119番通報の電話に連絡を取りました。

隊員「もしもし、ご通報いただいたKさんでしょうか?救急隊です」
Kさん「ああ、どうも、お願いします」
隊員「ご本人ですか?腹痛と聞いているのですが状況を教えてください」
Kさん「ええ、今朝からお腹が痛くて辛かったので病院に来たんですけど、診られないとか言われて、仕方がないので119しました」
隊員「▲病院では診察できないと言われたのですか?」
Kさん「ええ、何か療養費がかかるとか、訳が分からないことを言われて」
隊員「そうですか…、ご病気などはありませんか?腹痛の心当たりは?」
Kさん「いいえ、特にはないです」
隊員「分かりました、間もなく到着できるのでもう少しお待ちください」

聴取した内容を隊長と機関員に報告します。

隊長「▲病院から断られたって?」
隊員「はい、だから仕方がなく救急要請したと言っていました、話はしっかりしています」
機関員「▲病院が診察できないって?待つのが嫌だからとか、がっかりの理由があるんじゃないのか?」
隊員「ええ…あり得ます…」

現場到着

▲病院の敷地に入ると男性が歩いてきました。不機嫌そうな表情を浮かべています。救急隊ならすぐに感じるトラブル臭…。

隊長「救急隊です、要請されたKさんでしょうか?」
Kさん「ええ、オレです」
隊長「歩くことはできるのですね、救急車の中でお話を聞かせてもらいます」
隊員「Kさん、こちらにどうぞ」
Kさん「ああ、すみません、お願いします」

隊員が救急車の後部ドアを開く、Kさんはしっかりとした足取りで乗り込みました。

Kさんは30代の男性、今朝から腹痛があったが仕事が忙しく休むことはできなかった。仕事の後で近所のクリニックを受診しようと思ったが、夜になってしまい受付時間を過ぎてしまった。我慢しようと思ったが痛みが継続するため、深夜であれば病院も空いているだろうと来院した。しかし…

Kさん「何か診察できねえとか、費用がかかるとか、訳が分からねえことを言われて、診察できないって」
隊長「はあ…なるほど…それでは受付はされているのでしょうか?」
Kさん「受付の女が本当にクソで、話にならなかったんですよ」
隊長「そうですか…診察できないかどうかを救急隊からも確認してみます、こちらで診てくれるならそれでも良いですか?」
Kさん「まあ、診てくれるのならそれでよいです」
隊長「分かりました、確認してきてくれよ」
機関員「了解です」

救急入り口に停まっている救急車に隊長と傷病者を残し、隊員と機関員は▲病院の受付へと向かいました。いつも込み合っている▲病院の待合はとても空いており、順番待ちで時間がかかると言われたとは思えない状況でした。受付には対応した女性がいました。

隊員「お疲れ様です、実はこちらの病院の入口にいると救急要請がありまして、Kさんと言う方は受付をされていますか?」
受付員「え”…Kさん、まさか…救急車を呼んだのですか?」
隊員「はい、今、表に停車している救急車にいます」
受付員「え”え”~…信じられない…」
機関員「彼はこちらに診察を断られたと言っているのですが、受付はしているのでしょうか?」
受付員「それが…」

受付の女性に話によると、Kさんは自ら来院し診察を受けたいと受付に来ました。深夜の時間帯で初診、紹介状もない、選定療養費について説明すると、納得できないと怒りはじめました。

選定療養費の徴収について、医師の判断で入院に至った場合、救急車で来院した場合など、例外はあるが徴収する可能性が高いと、制度導入の経過や目的など理解を得るべく説明したが、まったく聞く耳を持ってもらえなかったのだそうです。

「は?だったら他の病院に行く!金がないと診察できないとかどうかしている、ふざけるな!」そんな捨て台詞を残し院外へと出て行ったのだそうです。

隊員「そうですか…なるほど…」
受付員「選定療養費がかかるなら昼間に近くを受診するって方は時々いるのですけど…救急車を呼ぶなんて…」
機関員「救急車だと選定療養費はかからないのですか?」
受付員「ええ…、本当に信じられない…」
隊員「では、受付は済んでいないのですね?」
受付員「はい、手続き前に出ていきましたから…」
隊員「ふぅ…診察はしていただけますか?」
受付員「少しお待ちください、今、看護師を呼んできます」
機関員「はぁぁ…やれやれ…」

受付員から話を聞きやってきた看護師に状況を説明しました。

隊員「という状況でして…、今、外の救急車にいます…」
看護師「はぁぁ…最低…」

▲病院で対応してもらえることになりました。救急車はまったく走行することなく、Kさんは自ら乗り込んだ救急車から自ら降りて、自らの足で診察室へと向かいました。

「腹痛 軽症」

帰署途上

隊長「不適切の極みだな…」
機関員「救急車なら選定療養費を払わないで済むからってことでしょ?」
隊員「そうでしょう、受付の人も説明したって言っていたし…」
機関員「はぁ~…もう何も言えない…最低…」
隊長「何をもってコンビニ受診か、そうじゃないかの判断は難しいだろうけど、救急車での来院は除外したらダメだよな?」
隊員「ええ、だったら救急車で行けば良いって人は間違いなくいますから…」
隊長「看護師の話だと、選定療養費を取るようになってから効果はあるって、コンビニ受診は少しは減っているって」
機関員「確かに待合はかなり空いていた…前はこの時間でも待合室はかなり混んでいたもんな」
隊長「救急車での来院も、内容によっては選定療養費を取るべきだよな?」
隊員「ええ、きっと不適切な救急要請の抑止に繋がりますよ」
機関員「救急車の有料化だって騒ぐ人たちも出てくるだろうけどな」
隊長「不適切な救急要請をする人や、コンビニ受診する人たちほど反対だって騒ぎそうだな…」


医師引継ぎを終えるとすぐに引き揚げてしまう救急隊は、Kさんが受診後に選定療養費を支払うことになったかどうかは分かりません。ただ、救急車で来た患者からは徴収しないルールでした。今回の場合、救急車で来院したというよりは、救急隊に診察するよう交渉させたのですが…。

三重県松阪市の選定療養費の徴収対象を「救急車での来院も内容によって」に拡大する動きは全国に広がるでしょうか?様々な問題、課題がある、賛否の声がある。腰が重い町や病院、消防本部があることもよく分かる。

でも「救急車の不適切な利用」や「医療機関のコンビニ受診」をいつまでも棚上げにしていたら、助けられない命が間違いなくあることも救急隊は痛感している…。

119番通報する前に1秒だけ考えてほしい、 大切な人がすぐ近くで倒れていないだろうか?今、本当に救急車が必要だろうか?と。
すべては救命のために
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