仰天の現場
まだ救急隊員になりたての頃の話、首吊りは初めての経験でした。
出場指令
「救急隊、消防隊出場、○町○マンション○号室、縊首(いしゅ:首吊りのこと)警察電話」
◯町は隣の署の管轄区域、近くの消防隊と救急隊に出場指令がかかりました。
現場到着
現場のマンションの前にはパトカーが停車しており、先着していた消防隊の隊長がこちらに向かって来ました。「×」指で小さくサインを出した…。
ああ…亡くなっているのか…。
消防隊長「傷病者は30代の女性、全身に硬直、死斑…発見者はルームメイトで帰ってきたら首を吊っていると警察に通報したそうです」
隊長「了解です」
現場の部屋の前には警察官と通報者の女性がおり事情聴取が行われていました。
警察官「お疲れ様です、奥の部屋にいます、捜査の者もこちらに向かってますから」
隊長「お疲れ様です、傷病者の状況を確認します、立ち会いをお願いします」
警察官「了解しました」
傷病者は30代の女性でした。ベッドの上、壁に細いロープを掛けて座るような形で死んでいました。ベッドに座り込むような姿勢、少しだけ腰が浮いていました。これで死ねるものなのか…。
隊長「詳細観察するぞ」
隊員「了解です」
隊長「呼吸なし…下顎の硬直が酷いな…開口できない…」
隊員「全身の硬直、死斑も…全身で明らかです…」
すでに全身に死斑や硬直が及んでいました。死後、かなりの時間が経過している。全身が紫色に変色していました。ペンライトを出して隊長が瞳孔を観察しました。
隊長「瞳孔は混濁、瞳孔経も白濁していて分からない…間違いなく社会死状態だな」
隊員「はい…」
社会死とは社会通念上の死、医師の死亡確認の必要がない誰もが死と判断できるような状態のことです。傷病者の瞳にライトを当てている隊長の様子を見て、隊員は疑問に思いました。
何をくわえているんだ?みかん?腐っているみかん?腐ってカビの生えたみかんは灰色に変色します、傷病者がくわえているように見えたのです。
隊長「今の時間で社会死判断する」
機関員「了解」
隊員「隊長…?傷病者は何をくわえているのですか?」
隊長「ん?ああ…良く見てみろよ」
隊員「舌…?」
隊長「そうだよ、縊首はこんな風に舌が出て、こんな色に変色することがあるんだ…」
隊員「ああ…なるほど、そうでしたか…」
みかんなんてくわえて死ぬわけないよな…。遺体と対面する家族はどんな気持ちになるのだろう…。警察の捜査員が到着し、引継ぎをして現場を引き揚げました。粛々と進んでいく現場の処理、警察官も救急隊も消防隊も慣れたものです。状況がすぐに分からなかったのは新人の救急隊員だけでした。自殺の現場にすら慣れてしまうなんて…大都市部の闇です。
「社会死 不搬送」
自殺の現場に行って毎回感じることは、何があっても決して自らの命を自ら絶つようなことはしてはならないと言うこと。残された家族や友人は、狂乱状態になる人、呆然とする人、泣き叫ぶ人、様々ですが、いつも見てはいられない…。締め付けられるような気持ちになります…。
119番通報する前に1秒だけ考えてほしい、 大切な人がすぐ近くで倒れていないだろうか?今、本当に救急車が必要だろうか?と。
すべては救命のために
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