外国人、保険未加入、タール便、決まらない

仰天の現場

先日のニュース番組で、違法滞在している外国人たちが摘発に至るまでの過程が放送されていました。救急隊は日常生活ではなかなか知り得ない現場に出かけることがあります。そう言えばあったなぁ…彼らは違法滞在者だったのだろうか?

出場指令

もう少しで0時を回ろうかという深夜、消防署に出場指令が鳴り響きました。

「救急出場、○町○丁目、○マンション301号室F方、男性は下血」

隊長「この名前、中東系だよな?」
隊員「日本語が通じると良いですけどね…」
機関員「この時間に下血、病院なんてなかなか決まらないよな…」

出場途上に119番通報のあった電話に連絡を取りましたが応答はありませんでした。

現場到着

指令先の○マンションの前に手を振る男性の姿がありました。

隊長「救急隊です、あなたが要請してくれた方ですか?」
要請者「はい、友達が何か黒い便が出て苦しんでいる」
隊長「そうですか、意識はありますね?案内してください」

要請者の男性はやはり中東の国出身の方でしたが、日本語はとても上手でした。彼の案内で3階のマンションの一室へと向かいました。ドアを開けると、決して広いとは思えない間取りに10人近くの外国人、さらに数名の子供が確認できました。

要請者「彼です、真っ黒の便が出ていておかしい」
隊長「分かりました」

傷病者のFさんは40代の男性で部屋の床上に横たわっていました。床にはべったりと黒色のタール状のものが付着していました。Fさんも中東出身の方、日本人に比べ浅黒い肌で顔色の判断が難しい…かと思ったのですが、蒼白と言って相応しい顔色をしていました。

隊長「床にタール便があるぞ、触らないように気をつけろ!」
隊員「了解です」

タール便とはその名の通りまるでコールタールのようにべったりとした便のことです。胃や腸など消化管のどこかに出血があり、血液が消化されるとこのように真っ黒い便が出ることがあります。海苔の佃煮のようなとか、コールタールのような、そんな表現が使われることが多いです。

便と消化された血液が混じっており、感染に非常には危険なものです。便に触らないよう、特に感染防御に気をつけなければなりません。部屋には便臭とはちょっと違う生臭い鉄のような血のような何とも言えない異臭が漂っていました。

隊長「こんばんはFさん、大丈夫ですか?どうされましたか?」
Fさん「黒いうんちが出て…気持ち悪い、%&#…」

Fさんは日本語が話せますが要請者の方ほど上手ではありません。日常会話程度なら問題ないのでしょうが、難しい言葉などは分かりません。

隊員「隊長、バイタル取りますよ」
隊長「うん、それから眼瞼結膜も観察」
隊員「了解です」

Fさんは一昨日からこのような黒色の便が出ているとのことでした。血圧は収縮期で90mmHg程度、眼瞼結膜(あっかんべ~した時の下まぶたの色のこと)は蒼白でした。血圧が下がっており、顔色も眼瞼結膜も白い、重症度は高いです。

隊長「Fさん健康保険は加入している?」
Fさん「ホケン?」
要請者「保険はここにいる者はみんな入っていません」
隊長「救急車はお金はかからないけど、病院のお金はかかるよ、大丈夫?」
要請者「それは…大丈夫、みんなで何とかする、病院に連れて行ってほしい」
隊長「それは大丈夫、Fさんは病院で診てもらわないといけない状態だから連れて行きます。それとね、入院しないといけない状態だと思いますよ、あなたが病院には一緒に行ってくれるますね?」
要請者「はい、それは大丈夫」
隊長「ひとまず車内収容しよう」
隊員「了解」

車内収容

隊長は後部座席で傷病者の継続観察を続けました。救急車の前方では隊員と機関員が手分けをして医療機関選定に入りました。消化管出血が疑われる傷病者、病院で行われる処置は出血部位の確定と止血だろうと思われます。消化器専門の医師がおり、かつ、内視鏡が使えることが必要でしょう。

機関員「…という患者さんなのですが」
看護師「この時間では内視鏡が使えないから当院での対応はできません」
機関員「…分かりました他の病院に当たります」

さらに科目だけでも難しい状況に加えてFさんは外国人です。国籍により診ないなんてことはあってはならないことですが、この辺りでは中東系の外国人が医療費を払わずに飛んでしまうなんて良く聞く話です。ある病院ではこういった人たちの医療費未払いの累計が、数千万円に及んでいるなんてことも聞いたことがあります。

看護師「外国の方ね?日本語は大丈夫?」
隊員「まあ日常会話くらいでしたら問題ないです、同乗いただく友人は上手ですよ」
看護師「健康保険には入っていないのでしょ?支払いは大丈夫なのかしら?」
隊員「それも確認したのですが、友人の方は仲間みんなでなんとかすると言っています」
看護師「ごめんなさい…、多分その方の状態だと入院になると思いますがベッドが万床です、受け入れることはできません」
隊員「そうですか…分かりました他の病院を当たります」

深夜、内視鏡、外国人、さらに健康保険には未加入で医療費は10割負担、選定困難に陥るキーワードがそろっているのです。未払いになる可能性が見え隠れします。それを理由には断られませんが、選定は難航しました。

隊長「Fさんごめんね、病院がなかなか見つからないんだ、もう少し頑張ってね、今一生懸命病院を探しているから」
Fさん「はい…」

Fさんも要請者の友人もこのような状況でも怒り出すようなこともなく、ただ静かに待っていました。時々、私たちには分からない国の言葉で何やら話しをしていました。

要請者「あの…、気分が悪い、外、出たいです」
隊員「ええ、分かりました、今、救急車の後ろのドアを開けますね」

要請者の男性は救急車を降りるとゲーゲーと嘔吐を始めました。救急車内に立ち込めたこの臭いに気持ち悪くなってしまったのです。私も仕事でなければとてもこの臭いの中、狭い救急車内になんてずっとなんていられない。病院が決定するまで実に1時間以上もの時間を要しました。連絡した病院の数は30件近くになりました。

病院到着

Fさんの顔色を見た医師が即刻入院を決定しました。

「消化管出血 重症」

帰署途上

隊長「よく見つかったな~」
機関員「●病院も▲病院も■病院もみんなダメ、オレは一晩かかるかと思ったよ…」
隊長「でも実際、どれくらいの医療費がかかって、彼らにそれが払えるのかなんて分からないよな?」
機関員「実際、怪しいんじゃないかな?違法滞在とか十分にあり得ますよ…」
隊員「病院だって経営があるし、払えないリスクの高い人をわざわざ診たいとは思わないでしょうからね」
機関員「それにしても何とも言えない臭いだったな」
隊員「オレも正直、気分が悪くなりましたよ」
隊長「あの生活ぶりだし、あのタール便は危険だよな?」
機関員「ええ、肝炎とか感染症があってもおかしくないですよ」

この現場、「外国人」「健康保険未加入」「タール便(消化管出血)」「深夜」と搬送先病院が決まらないキーワードがそろっていました。そして案の定、決まらなかった病院…。こんな事があってはいけないのでしょうが、理想と現実はいつも乖離していて…これが現実であったりします。

119番通報する前に1秒だけ考えてほしい、 大切な人がすぐ近くで倒れていないだろうか?今、本当に救急車が必要だろうか?と。
すべては救命のために
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