狼少年に殺される

溜息の現場

店やサービスが継続していくには常連客、リピーターが大切です。足繁く定期的にリピートしてくれるファンが店やサービスの未来を支えている。最もありがたい大切なお客様でしょう。

救急車は大多数の人にとって生涯に一度、使うか使わないかのサービスです。しかし実は救急車にもリピーターがいるのです。彼らは頻回要請者または常習者などと呼ばれ、月に数度、酷いケースだと週に数度と救急車を要請します。今回のお話は日に数度、呼ぶ人の話…。

出場指令

夜の22時を回った頃、出場指令がかかりました。

「救急隊出場、⚪︎町⚪︎丁目…G方急病、男性は腹痛、通報は本人」

隊長「はぁぁ…またか…」
隊員「ええ、またです…」
機関員「今日はこれで何回目なんだ?前回も行っているよな?」

Gさんはこの隊の担当区域に住んでいる常習者です。当然この隊が扱うことが最も多いのですが、この隊が出場中ならば近隣の他の隊が駆けつけることになります。周辺の救急隊なら彼を知らない者などいない大常習者です。多い日には1日に3回の救急要請をすることまであるのでした。

現場到着

機関員「いたいた…今日も立ってる…」
隊長「ああ、いつも通りだな…」

指令先のアパートの前でGさんは待っているのでした。 もう何度、同じ活動をしたことでしょうか?機関員は地図を確認する必要もなくここに向かうことができます。名前も生年月日もかかりつけ病院も聞かなくても分かるのです。

Gさん「うるせえうるせえ!止めろ!」
機関員「今日も元気だなぁ〜…」

Gさんは救急車のサイレンがうるさい、サイレンを止めろと叫んでいるのでした。これもいつものこと…。時には近所の迷惑になるからと、自宅から100mほど歩いた公園から呼ぶこともあります。

Gさん「サイレンを止めろ!いつも言っているだろ、てめえ!」
隊長「ねえGさん、救急車は緊急車両です、サイレンを鳴らさないで駆けつけることはできません、救急隊もいつも言っているでしょ?」
Gさん「うるせえ、この野郎!」
隊長「それで…今日はどうされたのですか?今日はお腹でしたっけ?」
Gさん「今日は腹が痛いんだ!」
隊員「それではGさん、こちらからどうぞ、救急車内で詳しく聞かせてください」

隊員がGさんの腕を引いて乗車を促すと

Gさん「痛た、痛てえなこの野郎、足が痛いんだよ!歩けないんだよ!」
隊員「あれ?今日はお腹が痛いと?」
Gさん「てめえも分からない奴だな、足も痛いんだよ!いつも言っているだろうが!」
隊員「…」

そもそも救急車はいつも使うものではないのだけれど…。

Gさんの部屋は古いアパートの2階でエレベーターはありません。いつも身支度を整え、階段を降りてアパートの前で立って待っています。到着するとまずサイレンを止めて迎えに来いと救急隊を罵ります。主訴はだいたいが「歩けない」か「どこかが痛い」です。

車内収容

隊長「お腹が痛いならS病院ですね」
Gさん「いや、S病院は昼間も行ったからダメだ、D病院に連絡してある」
隊長「え”…昼間も行ったの? また救急車でですか?」
Gさん「そうだ、S病院からは薬を飲んで休めって言われたんだ」
隊長「ふぅ…それで?その薬は飲んだのですか?」
Gさん「オレさ、薬飲むと気持ち悪くなるから飲まない主義なんだよ」
隊長「はぁ…」

これもいつものことです。救急車で病院に向かい薬を出してもらっても、医師の言うことは聞かないのです。そして良くならないと救急要請を繰り返すのです。

隊長「Gさん…あなたは先日も我々が搬送している、今日も午前中に他の救急隊で病院に行っているのですよね?救急車は命が危ない人を助けるためにあります、あなただけのものではないですよ」
Gさん「痛いんだから仕方がねえだろ!いいからD病院に行けよ!」
隊長「…」

病院も毎回、救急車でやってくるGさんにうんざりとしていますが、診察の時だけは意外と大人しいのです。でも、処方された薬は飲まない。もう訳が分かりません。

医療機関到着

Gさんを病院へと搬送しました。

「腹痛 軽傷」

翌朝の病院の駐車場

隊員「お疲れ様でした、ほぼ仮眠なしでしたよ…」
近隣隊「うちも同じ…酔っ払いばかりだった…」

翌朝の病院の駐車場、駐車場には2台の救急車が並んでいます。この日も一晩中の激務が続きました。ほぼ仮眠なし、疲弊した救急隊はげっそりとしています。そんな隊はこの隊だけのはずもなく、近隣の救急隊もやっぱり疲労困憊しているのでした。

近隣隊「Gさんなら昨日もうちらでS病院に搬送してる」
隊員「ああ…やっぱり、夜にも呼んで今度はD病院に行けって…」
近隣隊「オレたちも今月だけで何回扱っただろう?あの人は本当にどうにもならないな…」



Gさんは昨日だけで朝と夜、2回の救急要請をしていることが分かりました。年間700回を超えるペースです。Gさんは相当な大常習者ですが、似たような人は不思議とどの町にもいるのです。

「こんな使い方をする人に救急車を向かわせる必要はない」と思う人も多いことでしょう。 しかし、100回に1回、いや1000件に1回でも、本当に命に関わる重症だとしたら…?もし1000回に1回のホンモノの時に救急車を向かわせなかったら、誰が責任をとるの?イソップ寓話の「狼少年」が恐ろしい。

現場は行ってみなければ分からない、1000回に1回のホンモノは間違いなく存在する。現場に出ているとそれも骨身に沁みて分かることなのです。

しかし、必要のない999回の出場がある。一生に一度の救急車を呼ぶ人が、迅速な救護を受けられずに死んでいるかもしれない。「頻回の狼少年に一生に一回の住民は殺されている」間接的にではあるけれども、これもまた現実ー。

このお話には続きがあります。 「狼少年は反省しない」というお話です。


救急車不出動で消防署の当直責任者ら書類送検

119番通報する前に1秒だけ考えてほしい、 大切な人がすぐ近くで倒れていないだろうか?今、本当に救急車が必要だろうか?と。
すべては救命のために
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