我関せず、フィーバー

仰天の現場

隣の住人、さあ?名前も顔も知りません。都会で救急隊なんてしていると、町の人は他人になんて関心がないのだなと痛感することがよくあります。ただ、この事案は大都市、田舎町にきっと関係ない。みなさんとっても集中していて、周りの人がどうなっていようとそれどころではないのです。我関せず。


出場指令

「救急隊、消防隊出場、○町○番パチスロ店○に急病人、男性客は倒れたもの、通報は店員のGさん」

との指令に私たち救急隊、さらに同じ消防署の消防隊がペアで出場しました。

現場到着

出場先のパチスロ店は繁華街にあり、現場周辺には人が溢れていました。通報者である店員のGさんの案内がありました。

隊長「通報していただいたGさんですね?」
店員「はい、お客様が倒れたので要請しました」
隊長「その方は今はどうしていますか?」
店員「今も店の方で倒れています」
隊長「意識とかはどうでしょう?」
店員「…それが、分かりません」
隊長「分からない…、案内してください」
店員[はい、こっちです」

Gさんの案内で救急隊、消防隊がパチスロ店に入りました。この日は週末、店はたいへんな人ごみで、どの台にもほぼお客さんが座っていました。ジャンジャンバリバリジャンジャンバリバリ、どこのパチスロ店でも同じように爆音が轟いていました。

傷病者接触

救急隊長と救急隊員がお客さんの間を分け入って傷病者の下へ向かいます。

隊長「ちょっとすみません、通してください」
隊員「すみません、具合が悪い方がいるんです、通してください」

夢中でパチンコに明け暮れている他のお客さんたち。そばで人が倒れているって言うのにまったく関係ない様子です。分け入る私たちに明らかに嫌そうな顔をしてる人がいます。

パチンコ台の足元に40代くらいの男性が倒れていました。誰も付き添っていることはなく、周りではパチンコが淡々と続けられ、ただ倒れていました。呼吸はしっかりとしていましたが、口からはよだれを垂らしており、明らかに意識障害がありそうな様子です。

隊長「もしもしどうされました?大丈夫ですか?もしもし!」

…と、多分言っています。

隊長「おい!&&%$&%$!!」

何やら隊長が叫んでいる。

隊長「え!?何ですか!?隊長、聞こえません!何!?」
隊長「%$&出す!$&’出&%#ぞ!!」
隊員「え?何!?聞こえないです!!」

隊長が隊員の肩をつかみ耳元で叫びました。

隊長「ここじゃダメだ!まず静かなところに移動しよう!ここから出すぞ、ここじゃ活動にならない!」
隊員「了解!消防隊にも伝えます!」

台が並んだ通路はとても狭く、さらにそこにはドル箱が積んであります。この現場、傷病者のすぐそばに駆けつけられたのは救急隊だけ、消防隊はスペースがなく近寄ってくることすらできません。

パチンコに夢中の他のお客さんも席を立ち、活動に強力してくれる様子はありません。ただ黙々、淡々とパチンコを続けているのです。隊長の下命どころか話もできない。これでは活動になりません。

隊員「まずここから出します!」
機関員「は?何?聞こえない!」

やっぱり機関員の肩をつかんで耳元で叫びます。隊長の意思を伝えること自体がたいへんです。後ろに控えている消防隊にはマスクを外して大声とジェスチャーで伝えます。

隊員「出す!まず、出す!」

了解、消防隊長が手を挙げて合図しました。どんなに大声を出しても届かない…。救急隊3名、消防隊員1名の計4名で傷病者を抱えて、ひとまず活動スペースのあるところまで出すことにしました。傷病者は身体の大きな男性で、この狭い通路を出すのはとてもたいへんです。パチンコを続ける他のお客さんの背中に当たりながらスペースのあるところまでともかく出すことにしました。

隊長「通ります!協力お願います!」

隊員「すみません、通ります!」

救出の際、肩や背中に当たる私たち救急隊に、人によっては「チッ…」明らかに舌打ちしている。彼の足元にはドル箱…あぁ…出ているのね…。

少し広いところまで救出してきましたがやっぱりここでも活動になりません。隊長の下命が聞こえないのです。消防隊が用意してくれていたメインストレッチャーの傷病者を乗せてすぐに車内収容しました。



車内収容

隊長「もしもし!?もしも~し、大丈夫?どうされましたか?」
傷病者「え?…ええ…」
隊長「分かりますか?ここは救急車の中ですよ、分かるね?」
傷病者「…?」

傷病者の男性はうつろな表情を浮かべ明らかに今の状況が分かっていない様子でした。意識レベルはJCS3、ただ接触時より明らかに回復してきていました。血圧や酸素飽和度などのバイタルサインも特に異常な数値はみられない。意識障害があることから酸素投与を実施、近くの脳神経外科で診察可能な病院を選定し始めました。そうこうしているうちに…

隊長「分かる?分かるね?」
傷病者「ええ、分かります」
隊長「あなたはパチンコ店内で倒れたのですよ、分かるかな?」
傷病者「パチンコをしていて…そこまでは分かるけど…」
隊長「名前は言えますか?お年は?」
傷病者「はい、Fと言います」

傷病者はFさん、40代の男性で痙攣発作を持病に持っている人でした。過去にも何度かこうして発作を起こして倒れたことがあるとのことでした。かかりつけの病院もそう遠くない病院であることが分かり、このかかりつけ医療機関に搬送することになりました。



現場出発

傷病者も回復して名前も生年月日も分かった。医療機関も決まってさあ出発、と思ったら。救急車の外で待っている店員さん。

店員「どうですか?」
隊員「ええ、大分よくなって、今はお話もできるようになりましたよ、かかりつけの病院がある方でしたので、その病院に搬送します」
店員「そうですか、それは良かった、お客様とお話させてもらいたいのですけどよろしいでしょうか?」
隊員「分かりました、ではこちらにどうぞ」

救急車のリアドアを開け、店員さんはFさんに話しかけ始めました。

店員「お客様、このカードなのですが、お客様の出球を換算しておきました。またのご来店の時に球にも景品にも交換できますのでお持ち下さい」
Fさん「ああ、すみません。そう言えばけっこう出ていたんだよな…、助かりましたありがとう」
店員「いいえ」

倒れていたFさんに付き添う人は誰もいなかったけど、出ていた玉をしっかり換算してくれた店員はいたのでした。う~ん…この店員さんは親切なのだろうか…?



病院到着

「痙攣発作 軽症」



帰署途上

隊員「都会だからと言うか…みんな我関せずですね…」
機関員「都会とか田舎とか関係ないよ、金がかかっているんだ、あんなもんだよ」
隊長「いつかの事案、やっぱりパチンコ店でCPAだったけど今日と同じだったなぁ…、オレたちが心臓マッサージをしていたってパチンコは続いていた」
機関員「オレもあったなぁ、場外馬券場だったけど、やっぱりみんな我関せずって感じだった」
隊員「やっぱりそんなものですかね」
機関員「そんなもんだよ、フィーバーしてたらなおさら、どんな理由があったって中断させられたら堪らないでしょ、知らない人より金だよ金」

確かに救命活動のためだからと確変中の人たちを押しのけて活動したのなら、「オレはあの時、フィーバーしていたんだ!消防署で保証してくれ」言われかねないかも…。

119番通報する前に1秒だけ考えてほしい、 大切な人がすぐ近くで倒れていないだろうか?今、本当に救急車が必要だろうか?と。
すべては救命のために
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