これで救急車ではキリがないでしょ?

溜息の現場

不適切な救急利用に時にイライラしてしまう救急隊、怒りを感じる時だってあります。それは受け入れる側の医師や看護師も同じで、何でそんなことで救急車なの?そんな利用を許し続けている救急隊にも問題があるんじゃないの?そんな不満をぶつけられることだってあります。でもこの日は…

出場指令

夜も更けてきた時間帯、消防署に出場指令が鳴り響きました。

「救急出場、〇町〇丁目…50代女性は肩の痛み、通報は本人から」

との指令に救急隊は出場しました。出場途上、119番通報の電話番号に連絡を入れました。
(119コールバック)

隊員「もしもし、そちらに向かっている救急隊です」
Aさん「ご苦労さまです、よろしくお願いします」
隊員「肩の痛みを訴えている方がいる伺っています、ご本人ですか?」
Aさん「ええ、別に痛くはないのですけど…上がらないんです」
隊員「肩を上げることができない?痛くはないのですか?」
Aさん「…そうねぇ、やっぱり痛くはないです、手が上げられないから困っちゃって」
隊員「そうですか…分かりました、急いで向かっています、もう少しお待ちください」
Aさん「とりあえずサイレンは停めてきてください」
隊員「救急車は緊急車両ですからそれはできません、もう少しで到着しますのでお待ちください」
Aさん「もう夜ですからサイレンは止めてください」
隊員「ごめんなさい、できません」
Aさん「はぁ、そうなの…、家の前に出て待っています」

得られた情報を隊長と機関員に報告しました。

機関員「はぁぁ…オレだって上がらねえよ!それって五十肩じゃねえのか?」
隊員「はぁ、いやぁ…、十分にあり得ると思います…」

現場到着

Aさんは家の前で待っており手を振っていました。

隊長「お待たせしました、救急隊です、Aさんでしょうか?」
Aさん「そうです」
隊長「ご自身で救急車に乗れますね?」
Aさん「ええ、もちろんです」

Aさんはしっかりとした足取りで救急車内に乗り込みました。


車内収容

Aさんは50代の女性で主訴は肩が上がらない、痛みはないとのことでした。

隊長「辛いことは、肩が痛いではなく、上がらないでよろしいのですね?」
Aさん「ええ、そうです、これでは仕事もやりずらくて仕方がないので困っちゃうので」
隊長「Aさん、肩が上がらなくなったのはいつからですか?」
Aさん「昨日の夜からおかしくて…今朝からはもう上がらなくなりました、でも今日は仕事だったので病院には行けなかったので救急車でと思って」

症状は昨日の夜から、でも仕事だったので昼間は外来にかかれなかった、そうだ救急車で行こう。こういう思考の人たちをどうすれば良いのでしょうか…。

隊長「救急車でなければ診てくれないということはないのですけど…」
Aさん「でもどこで診てくれるかも分からないし、お願いします」
隊長「はぁ、そうですか」
機関員「隊長…整形外科で探しますよ」
隊長「ああ…頼むよ」

機関員が一番近い整形外科での診察可能な病院に連絡を開始しました。

病院連絡

機関員「…という患者さんなのですが、受け入れはいかがでしょうか?」
医師「肩がなんだって?痛いの?」
機関員「いいえ、痛みは訴えておりません、主訴としましては…上がらなくて困るとのことです」
医師「ただ上がらないだけ?」
機関員「そうです」
医師「あのさ、救急隊さんさ、出場件数がうなぎ登りで困っているのでしょ?」
機関員「はい、そうです…」
医師「救急隊も緊急性がある病態だって判断している訳ではないのでしょ?本人だって緊急だなんて思っていないよね?今日は仕事に行っているのでしょ?」
機関員「はい…そうです…そうなんです…」
医師「こういうのをコンビニ受診って言うんだよ、こんな人をいちいち救急車で運んでいたらキリがないでしょ?こんなことしていたら本当に必要な人が助からないよ?」
機関員「よく分かります、しかし、我々は要請されたら駆け付けるしかないので…」

どこに緊急性、重症性があるんだ?強い口調で医師から叱責される、こんなことはよくある話です。私たちだって緊急性のある人を、救急車を本当に必要としている人たちのために働きたい。こんなことを言われ、時に罵られる。内心ムっとしても我慢です。

中には引継ぎ時にも不機嫌を隠すことなく救急隊にぶつけてくる医師もいます。はぁぁ…今回もそんな感じになるのだろうか…と思ったら、この医師は少し違っていて

医師「ねえ、ちょっとその患者さんに替わってよ、私が話してあげるよ」
機関員「え?先生がですか?」
医師「うん、患者さんを出してよ」
機関員「はい、少しお待ちください…、隊長、先生が患者さんと直接、お話したいとのことです」
隊長「了解、Aさん、医師がお話があるとのことです、替わっていただいてよろしいですね?」
Aさん「分かりました」

救急隊の携帯電話をAさんに渡しました。

Aさん「お電話替わりました、はい…はい…その方がよろしいのですか?…緊急性?いや…それは別に…はい…そうですね、別に痛いわけではないので…先生がそう言うなら…はぁ、そうですね…はい、そうします…タクシーで伺えば?はい…分かりました」

タクシーで伺う?それってとっても良いんじゃない~!

Aさん「あのう…、先生がタクシーで来ても大丈夫だからと言うので…ありがとうございました、すみませんでした」

そう言ってAさんは隊長に電話を渡しました。

隊長「先生、お電話を替わりました、Aさんにはタクシーでそちらに向かっていただければ、診察をしてくださるのでしょうか?」
医師「ええ、今そうするように話しました、肩が上がらないだけならタクシーで来れば良いでしょ?これで救急車ではキリがないでしょ?Aさんにはタクシーで来たら私が診察すると話たから、救急隊は引き揚げてくださいよ」
隊長「分かりました、お世話になりました、ありがとうございました」
医師「はいはい、どうも~」

ああ…なんて素晴らしい医師…。要請されれば駆け付けるしかできない救急車、搬送を拒否することはできません。

しかし、医師が救急車じゃなくてよし、タクシーで来なさいと言っている。要請した傷病者もそれに納得しており、診察を受けられる確約まで取れている。もう救急隊の出る幕はありません。Aさんは救急車を降りて、タクシーでこの医師の下へと向かうことになりました。

「不搬送 本人辞退」


帰署途上

隊長「いやぁ~助かったなぁ~、いつもあんな風に対応してくれる医師ばかりだと良いのだけど」
隊員「ええ、こんな風に救急隊の現状に理解のある医師ばかりだと助かります…」
隊長「それにしても仕事で夜になったから病院に行けなかった、コンビニ受診のその上だな…」
隊員「ええ、コンビニ救急車…」
機関員「肩が上がらないから?仕事で夜になったから?ふざけてるよな?オレも同じだって言うんだよ!肩が上がらなくても救急車を運転してるんだっての!」

機関員は五十肩です。漢方薬、低周波治療、肩専用のサポーター…最近では何やら怪しげなネックレスだのをいろいろ試しています。

隊員「例のネックレスでも教えてあげれば良かったですかね?」
機関員「あれはだめだな、全然効かない」
隊長「ほら、あれは?何やら肩に貼るやつ」
機関員「ああ、あれも全然だめでした」
隊長「最近は何が良いんだ?」
機関員「それがですね…コンビニで売っているサプリメントがけっこうと効くって話なんですよ」
隊長「ふ~ん、そうなんだ…」
機関員「ええ、うちの嫁さんもなんですけど侮れないって…」
隊長「ふ~ん、コンビニサプリ救急機関員だな…」
機関員「そうなんですよ~」

は?何それ?

119番通報する前に1秒だけ考えてほしい、 大切な人がすぐ近くで倒れていないだろうか?今、本当に救急車が必要だろうか?と。
すべては救命のために
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