続・完全房室ブロックだ!

緊迫の救急現場

この記事は完全房室ブロックだ!の続編となります。


医療機関到着

医療機関に到着したと同時にSさんには12誘導心電図をはじめとする様々な検査器具が装着されました。医師たちの処置が続く中、病院の初療室の片隅では隊長が医師に申し送りを行います。

医師「…なるほど、確かに完全房室ブロックだ」

隊長「ええ、胸痛の訴えはないですがSTも上がっているし急性心筋梗塞の可能性が高いのではないかと…」

医師「他の検査数値からも間違いないよ、良い判断でした、すぐにオペになるから」

隊長「そうですか」

医師「一緒に来てくれている方は?」

隊長「同居している女性です」

医師「その女性がキーパーソンってことで良いのかな?」

隊長「ええ、何でも独り身なので彼女が内縁の妻だからと…ご本人はそう説明しました」

医師「分かりました、私が説明してきます」

Sさんはすぐに緊急手術を行わないと生命に関わる危険な状態でした。これからすぐに手術を行う、その説明と同意を行いに医師が家族待機室に向かいました。別の医師はSさん本人に説明してしました。

医師「Sさん、あなたは心筋梗塞です、早く処置しないと命に関わりますからこれから緊急手術になります」

Sさん「本当ですか、そんなに危ない状態なんですか?」

医師「ええ、心臓に血液を送る血管が詰まっているのですから非常に危険ですよ、早くこの詰まりを取り除いて血液の流れを取り戻さないと、手術の同意は奥様からもらいますから、今、別の医師が説明していますから、良いですね?」

Sさん「え!…ええ、私は構いませんが…」

何かおかしい…何でしょうかこの違和感は…?奥さんに説明に向かうと初療室を出て行った医師が戻ってきました。

医師「奥さんはどこに行っちゃったんだろう?いないんだけど…、ねえ、Sさん、奥さんがいないんだけど…」

隊長「いない?Kさんが?ちょっと探してきてくれるか」

隊員「はい!」

Sさん「…」

どこかに電話でもかけに行っているのではないだろうか?救急隊員と機関員、他にも病院スタッフで周辺を探しましたがKさんはどこにもいないのでした。

内縁であったとしても、自分にとって夫、または夫に準じる関係の大切な人が命の危機に貧している時に逃げ出してしまうことなんてあるでしょうか、彼女はきっと内縁の妻などではありません。

手術の同意書にサインをしてほしい、そんなことを言われると非常に困ってしまう事情が彼女にはあるのです。

医師「ねえ、Sさん、急がなくちゃいけないんだ、あの方は本当に奥さんなのですか?」

Sさん「いや…ええ、内縁の妻と言うか…彼女です」

医師「これから手術する旨を説明してい同意書にサインをもらいたいのです、内縁ではなくて…あなたにご家族は?奥様がいますか?」

Sさん「…」

言葉を濁らすSさん…。こうなってくるとこれまで得られた情報がどこまで本当だったのか疑問です。医師に申し送ったこれまでの概要、これらにはいったいいくつの嘘が混じっているのでしょうか。

…ただ、こんな現場はよくある話、救急隊も医療スタッフも感じているものは同じ、既にかなりの事情が見えてきていました。

医師「すぐに手術しないとあなたの命に関わるのです、ご家族に連絡をとって説明させていただきますので連絡先を教えて下さい、本当の奥様はどこに?」

Sさん「実は…」

Sさんは私たちに伏せていた本当のことを話し始めました。

Sさんは既婚者で自宅には妻がいるとのこと、Kさんは浮気相手なのだそうです。この日はKさんの部屋で性行為をしている最中に、酷いめまいのようなものを感じて彼女の上に倒れこんだとのことでした。

ベッドに倒れこんだ…実は不倫相手の上に倒れこんだのでした。彼女が気が付かない訳はありません、自分の上でSさんは具合がおかしくなったのですから。

Sさん「…ですから妻に連絡するのはちょっと…」

医師「Sさん、それは無理ですよ、手術してもしばらくは入院、しかもCCUという集中治療室です、あなたは心筋梗塞なのですよ、命の危険があるのです、明日、明後日に家に帰られる状況ではありませんよ」

Sさん「…」

妻への連絡を渋ったSさんですが、自身の命に関わると医師から迫られ「本当の自宅」の連絡先を教えたのでした。…さて、駆けつけた妻にはどんな説明がされるのか、その後に修羅場が待っているのか…?

「急性心筋梗塞 重症」


帰署途上

機関員「やっぱり心筋梗塞でしたね」

隊員「それにしても、苦しくなかったんですかね?」

機関員「締め付けられるような息苦しさってのが全く無しだもんな」

隊長「無痛性の心筋梗塞ってやつなんだろうな?お年寄りには時々あるけど…あの年齢では珍しいかもな、やっぱり現場はテキスト通りにいかないってことだ」

機関員「不倫相手とセックスしていたから興奮しすぎたってのがひとつの原因なんですかね?」

隊員「そんなことあるんですか?」

隊長「いや、これがさ、けっこうある話なんだよ、不倫相手と性行為中に心臓で…なんてけっこう聞く話…、オレも似たような現場はけっこう行ってるぞ」

機関員「やっぱり、いつもより興奮するから負荷が高まるんですかね?」

隊長「そうかもな…先生もそう言っていたよ、不倫相手からの救急要請って年に数回はあるって、実はけっこう慣れっこな話だってさ、それでやっぱり家族待機室からいつの間にかいなくなっているんだって、だからほら、医師も看護師も、みんな平然としたものだったろ?想定内の話なんだよ」

機関員「オレも以前、風俗で心肺停止って現場がありましたよ、お客さんの様子がおかしいって風俗嬢が気がついてお店から救急要請って現場でした、ピンク色の狭いベッドで心肺停止でしたよ、心臓が止まるほど良かったんですかね?」

隊員「へぇ~、まさに男の性なんですかね?パートナー以外とセックスすると心臓が止まるほどに興奮するんですかねぇ…」

隊長・機関員「またまたぁ~、心当たりあるくせに」

隊員「ありませんよ!」

機関員「でも、実は幸せかもしれないよな?」

隊長「いやいやいや…、そんなことないって、本人はそれで良いかもしれないけど、残された奥さんはどうする?夫が不倫相手とか風俗で行為での真っ最中に逝亡くなったって、修羅場だぞ」

機関員「…ですね、あぁ、考えただけでも恐ろしいや…」

隊員「この後、駆けつける本当の奥さんはやっぱり聞きますよね?夫はどこでどんな状況で具合が悪くなったんだ?って…」

隊長「そりゃ聞くだろうな…」

隊員「先生方はどう答えるのでしょう?」

隊長「さあ?きっとご本人からお聞きになってくださいって…そこは濁らせるんじゃないか?」

機関員「今回のSさんはきっと回復できるでしょう、だったら後は本人の問題だよな、自己責任ってやつだ、奥さんが夫の説明がおかしいって言ったって、本人がしっかりしているのだから本人から説明してもらってくれって言えるでしょう」

隊長「…ああ、問題は亡くなった時だな、その風俗で心肺停止の男性はどうなったんだい?」

機関員「…ええ、実は病院でそのまま亡くなったんですよ、奥さんからしたら夫はどこで、どうしてこんな風に突然に死んだんだってなりますよね?」

隊長「そりゃあなるよな?でも当然、本人からは聞けない、奥さんからしたら夫の最後の状況を知りたい、当然だよな」

機関員「ええ、でも先生方もどうもはっきりと教えてくれない、それでなる訳ですよ、駆けつけた救急隊はどこの消防署の隊なんだって」

隊長「来たのかい?奥さんが」

機関員「いや、問い合わせが来たらしいんですよ、もちろん電話では教えられないって回答して…」

隊長「逆に言えば来署したら対応しない訳にはいかないだろ?」

機関員「ええ、でも結局、署には来なかったんですよ」

隊長「上司たちも頭を抱えていただろ?」

機関員「ええ、そりゃあもう。奥さんが来署した時にはどう対応するんだって、あちこちに問い合わせて準備していましたよ」

隊員「それって教えて良いんですか?」

機関員「ご本人が亡くなっている場合、家族であれば回答できる範囲ってのが厳格に決まっているらしいよ、法律でなのか条例でなのかは知らないけど」

隊長「…問題は、ご本人が生きている場合、それでしゃべれない場合だな」

隊員「なるほど…それってまさにプライバシーじゃないですか」

隊長「ああ、不倫していました、風俗にいました、最も知られたくない相手が奥さんだ、でも夫がこんな風になってしまった状況を知りたい、それだって奥さんの当然の権利だな」

機関員「オレがその立場だったら成仏できないね、まさに墓場まで持っていかせてもらわないと」

隊員「この事案も似たようなことになるかもしれないですね」

隊長「ああ、報告を上げておく、うちらの上司にも頭を抱えてもらおうじゃないか」


事後検証

解答編はいかがだったでしょうか?傷病名は「急性心筋梗塞」、私たちが想定していなかった事態とは、Kさんは内縁の妻などではなく不倫相手、「いつの間にやら家族待機室から逃げ出しいなくなってしまったこと」でした。

Sさんの説明には本当のことと嘘が散りばめられていました。このように現場には拾い集めるべきヒントと、疑うべきヒント、そして時に嘘が落ちているのでした。現場って本当に難しいです…。

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