だって可哀そうじゃない

溜息の現場

地域防災の標語のひとつに「自助・共助・公助」と言う言葉がります。これは震災などの大規模災害に見舞われた際、まずは「自助」自分の身は自分で守り、次に「共助」地域の人と助け合い、最後に「公助」公の助けがあると言うものです。

順番がどうにもおかしい…そんなお話です。消防署に出場指令が鳴り響きました。

「救急出場、○町○丁目付近○川左岸、男性は倒れているもの、通報はFさん女性」

との指令に私たち救急隊は出場しました。

隊長「○川の左岸ね…」
隊員「ホームレスですかね?」
隊長「かもね」


現場到着

指令番地の川の堤防入り口に停車しました。こちらに向かってくる50歳くらいの女性がいました。彼女が通報者のFさんでしょう。

隊長「ご通報いただいたFさんですか?」
Fさん「ええ、お願いします、こっちです」
隊長「ありがとうございます、案内してください」

資器材を携行してFさんの案内で川の堤防を進みます。

隊長「倒れている方のご様子は分かりますか?」
Fさん「ええ、何かベンチに倒れこんでいるみたいです」
隊長「ベンチで?お話はできるのですか?」
Fさん「さあ?話かけてはいないから分からないわ」

Fさんの案内のままに進んでいくと…

Fさん「ほら、あの人です」

Fさんの指差す先にはベンチに倒れている…?いや…寝ている…では?パっと見てそれと分かるホームレスがいました。

隊長「え?えっと、どの方ですか?あのベンチに寝ている方?」
Fさん「そうです、具合が悪いかもしれないので」
隊長「悪いかも…分かりました、ご通報ありがとうございました」
Fさん「いいえ、よろしくお願いします、どこかの病院に連れて行ってあげてください」
隊長「はい、もう少しだけご協力ください」

隊長と隊員が堤防を下って川のすぐほとりにあるベンチへと向かいます。機関員はFさんの元に残り状況を聞かせてもらいました。

機関員「ご協力お願いします、通報に至った状況を教えていただけますか?」
Fさん「ええ…私が河川敷を歩いていたら…」


傷病者接触

隊長「こんにちは、具合いが悪かったりしませんか?」
傷病者「は?何?」

傷病者は60代の男性でYさん、やっぱりホームレスでした。

隊長「具合いはどうでしょう?」
Yさん「具合いって?別に…悪くないけど」
隊長「そうですよね~、いえね、あなたがこのベンチに具合が悪くて倒れこんでいるんじゃないかって心配した人がいて、それで119番通報を受けて駆け付けました」
Yさん「ははは、そりゃあご苦労さん、とんだ勘違いだな、良い陽気だしここで昼寝していたんだ」
隊長「そうですか~、それは良かった、それでは病気でも何でもないね?」
Yさん「ああ、もちろん」
隊長「じゃあ私たちは必要ないですね、昼寝していたところ悪かったですね」
Yさん「どうもご苦労様です」
隊長「すみませんでした、どうも~」


引き揚げ準備

救急車に戻った救急隊員たち、本部に内容を報告して引き揚げることとなりました。資器材を片付けて次の出場の準備を整えます。

隊長「はぁぁ…で、どうして通報に至ったって?」
機関員「ええ、何でもあのFさんはこの辺りのホームレスを支援するボランティア活動に参加したことがあって、どうにかしてあげたいって思っているんですって、今日はベンチにいるホームレスが目に入ったから助けてあげようと思ったって」
隊長「何だそりゃ…、だって寝ていただけだったじゃないか、ひと言、どうしたの?具合悪いの?って声を掛ければ済んだ話なのに」
機関員「それが…ひとりで声を掛けるのは嫌だったみたいで…寝ているだけだったとしても、どこかに連れて行ってあげてくれって、だって可哀想じゃないだってさ…」
隊長「やれやれ…」
機関員「自分は関わりたくはないからオレたちを呼ぶって、こう言うのって人助けって言うんですかね…あっ!」

Fさんが救急車に向かって歩いて来たのでした。隊長が救急車のウインドウを開いた。

Fさん「病院は決まったのかしら?」
隊長「いいえ、先ほどの方なのですが寝ていただけでした、具合いが悪いことはありませんでした、救急隊はこれから引き揚げるところです」
Fさん「そうなの…大丈夫なのかしら?」
隊長「ご本人が寝ていただけだと仰っていますからね」
Fさん「どこかに連れて行ってあげた方が良いんじゃないかしら」
隊長「具合いが悪くない方を病院に連れて行く訳にはいきませんので…ただ寝ていただけですからね…」
Fさん「そう…病院じゃなくても何かないのかしら」
隊長「それでは、Fさん、救急隊はこれで引き揚げます」
Fさん「ええ…ああ、どうもご苦労さまでした」

「不搬送 誤報」


帰署途上

走り出した救急車内

隊長「納得してなかっただろう?」
機関員「ええ、多分そうでしょうね…遠巻きに活動を見ていたんでしょうね」
隊員「Fさんはどうして欲しかったのですかね?」
隊長「さあ?」
機関員「何でもいいからどこかに連れいていば良かったんじゃないの?」
隊長「そんなことはできないけど、できたのならあのYさんにもいい迷惑だろうなぁ~」
機関員「何かをしてあげたいって気持ちは分かるけど、何か違うよな?」
隊員「本当…何か思いっきりズレている気がしますね…はぁぁ」
機関員「具合いが悪いからじゃないんだぜ、具合いが悪いかもで救急車じゃきりがないよなぁ…」

誰かを助けてあげたい、人のために力になりたい、そんな優しさからの行動であるのかもしれませんが…何かちょっと、いや…かなり違う気がしてしまう現場のお話でした。


119番通報する前に1秒だけ考えてほしい、 大切な人がすぐ近くで倒れていないだろうか?今、本当に救急車が必要だろうか?と。

すべては救命のために

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