超~恥ずかしい~

溜息の現場

救急車を要請する人は様々です。傷病者自身、家族、友人、見ず知らずの通行人など第3者が要請する場合も多くあります。

様々なケースで様々な人が要請する救急車、「これは救急車を呼ぶべきだ」と感じる要因も要請する人の数だけあるのかもしれません。今回のお話はひとりを除いて「何で救急車なの?」周りのすべての人たちがそんな風に感じていた現場のお話です。

出場指令

「救急出場、〇町〇丁目…○デパートに急病人、女性従業員は発熱、動けないもの、救急隊は荷物搬入口に向かえ、警備員の案内あり」

との指令に出場しました。救急車内から通報電話番号に連絡を入れ情報を取ります。

隊員「もしもし、そちらに向かっている救急隊です」
警備員「どうもお世話になります。当デパートの従業員が発熱で動けないとのことで要請しました、荷物搬入口に案内を手配してありますのでお願いします」
隊員「ありがとうございます、患者さんの様子は分かりませんか?」
警備員「申し訳ありません、救護室から警備室に119番通報するようにと連絡を受けたもので詳細までは…ただ若い女性で、話とかは普通にできるようです」
隊員「分かりました、もう少しで到着できます、案内をお願いします」

隊長と機関員に得られた情報を報告します。

隊長「了解、頼まれ通報じゃ何も分からないな」
隊員「はい、ただ、会話はできるみたいだとのことでした」

現場到着

隊長「誘導ありがとうございます」
警備員「どうもお疲れ様です」
隊長「患者さんのところまで案内お願いします」
警備員「はい、こちらです」

警備員は無線で連絡を取りながら救急隊を傷病者の下へと案内しました。

警備員「救急車到着、これより案内します、どうぞ…え?こちらに向かっている?こちらに来るんですか?どうぞ…ん?では、ここで待っていれば良いですか?どうぞ…」

こちらに来るとか待つとか…案内の警備員が何やら困っています。こちらに向かう?歩いて?動けないから救急車って話ではなかったっけ?警備員が無線で確認を取っていると、従業員通用口から若い女性と中年の男性と女性、さらに他の警備員が出てきました。

他の警備員「あ!どうもお疲れ様です、こちらの方です、お願いします」

え…え?…噓でしょ…

若い女性「もうやだぁ~!何で救急車なのぉ~もう、超~恥ずかしぃ~」
中年の女性「何言っているの!何かあったらどうするの!」

まさにギャルと言って相応しい、派手目の若い女の子とそれを何やら叱っている女性…、ああ…はぁ…その子ですか

隊長「こんにちは、救急隊です、患者さんはそちらの方ですか?」
若い女性「あは、そうです…、もぅ~超~恥ずかしい~」
中年の女性「あなたはいつまでそんなこと言っているの!この子です、お願いします、ほら早く救急車に乗りなさい!」
隊員「ご自分で救急車に乗れますよね?」
若い女性「は~い」

隊員が救急車のリアドアを開けると、ひょいと乗り込む女の子とそれに続く中年の女性

隊員「ドア閉めますよ、気をつけてください」

バタン…。やれやれ…と。

車内収容

傷病者のAさんは19歳、若い性をメインターゲットとする服を販売するショップの店員でした。朝から微熱があったが無理して出勤した。やっぱり仕事にならず、デパートの救護室で休んでいたそうです。中年の女性はAさんの母親でした。

隊長「…そう、それは大変でしたね、やっぱり休めないの?」
Aさん「人がいなくて休めないんです」
隊長「そうだよね、救急隊もさ、代わりがいないから風邪をひいても簡単には休めないんだよ」
Aさん「そうなんですか~、お互い大変ですねぇ~」
隊長「そうだね~」
Aさん「あっ!鳴りました体温計」

37.2℃、微熱…。

母親「何度なんですか?」
隊員「37.2℃です」
母親「あら、大した熱じゃないのね」
Aさん「だからぁ~大したことないって言ったじゃない!なんで救急車の?もう本当に超~恥ずかしいからぁ~」

お嬢さん、もうそれいいから…

もちろん血圧、脈拍等その他のバイタルサインも正常値です。病院に連絡を入れると一番近い病院がすぐに診てくれる事となりました。

隊長「それではここからすぐそばの△病院に行きます」
母親「それってすぐ近くですか?主人が来ているので分かるかしら?」
隊長「先ほど一緒にいらしたのがご主人ですね?ここから数百メートルですよ、歩いても5分くらいで着く距離です」
母親「主人は車で後で来るから病院を教えてあげてもらえません?」
隊長「ええ、分かりましたご主人はどちらにいるのですか?」
母親「救急車のすぐ近くに停まっている車で待っています」
隊長「お父さんに病院を教えてあげて」
隊員「はい、了解です」

救急車を降りた隊員は、自家用車の運転席で待っている父親に行先を伝えました。いつでも出発できる状態です。あれ?そう言えば…Aさんは仕事中に気分が悪くなって休んでいたって言っていたよな?何でここに両親がいるのだろう?

警備員「病院は決まりましたか?」
隊員「ええ、これから出発します、ところでAさんお仕事中に気分が悪くなったのですよね?ご両親は何でここにいるのですか?」
警備員「いや…それがですね…彼女は体調不良で早退することになっていて、両親が迎えに来るまで救護室で休んでいたのですが…、お母さんが迎えに来たと思ったら救急車だって始まっちゃってね…」
隊員「はぁ、なるほど、そういうことでしたか…」
警備員「何かすみません…」
隊員「いえ…警備員さんが悪いことなんて何もありませんよ」

そういうことだったのか…。Aさんのお宅はここから電車で40分ほどのところにあります。体調が悪く、早退することになり、家に電話をして、両親が迎えに来ることになって、両親は出かける支度をして、40分以上の道のりを自家用車で迎えに来て、それから救急要請…。

どこに緊急性があるのでしょうか?




医療機関到着

1キロもない直近の病院です。2分ほどで病院に到着しました。

看護師「まだ外来の時間だからそちらで診ます、2番診察室にお願いします」
隊長「了解です」

まだ午後の外来が始まったばかりの時間です。病院の待合室を抜けてAさんを乗せたストレッチャーは進みます。この待合室で順番を待っている方の中には明らかにAさんよりもずっと具合の悪いであろう人がたくさんいました。

隊長「先生、お願いします、Aさんです」
医師「こんにちは…動けない…ってことはなさそうだね、この椅子に座りましょう」
Aさん「はい、全然座れます~、ママが救急車でなくちゃダメだって言うから、あたし超~恥ずかしかったです」
医師「はぁ…そうですか…」

隊長は医師に引き継ぎ、隊員と機関員はストレッチャーを引いて診察室を出ました。待合室には具合の悪そうな患者さんが溢れています。すみません…何か申し訳ない気持ちになってしまう…。

「発熱 軽症」

帰署途上

機関員「あの子どこが悪かったの?」
隊員「さぁ?」
隊長「お母さんだけだったな、大騒ぎしているの…」
機関員「甘やかして甘やかして育ててきたんだろうな~」

救急隊も警備員も、そして傷病者本人すら「救急車なんて超~恥ずかしい」と訴える始末…。お母さんだけは救急車が必要だったのです。

緊急性があるかないか、それを判断するのは様々な立場、様々な環境にある人たちです。何が緊急で何が緊急でないか、医療従事者でもない人たちが明確に判断することはできないでしょう。

しかし…そもそも救急車って緊急事態に要請するもの、そう認識されているのか疑問です。そこから始めないといけないのではと感じてしまう…。

119番通報する前に1秒だけ考えてほしい、 大切な人がすぐ近くで倒れていないだろうか?今、本当に救急車が必要だろうか?と。
すべては救命のために
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