よーいドンで出られない

救命士のこぼれ話

既に3連続の出場、医療機関に到着した時には正午を回っていました。隊長は医師引継ぎに、隊員と機関員は次の出場に備え、この活動で使用した資器材の整備、消毒、救急車内の清掃に当たっていました。

隊員「この暑さ異常ですよ…、熱中症患者が増えるのも納得です」
機関員「ああ、そうだな…でも今の傷病者、だから救急車が必要かって言うと…」
隊員「まあ…いらないな…命に関わる人は自分で救急車に乗り込むことはできないですから…」
機関員「だよなぁ…はぁぁ…」

この日も異常な暑さの中、それが既に日常のように救急が出場要請がひっ迫していました。医療機関から引き揚げると、ほぼ同時に無線で呼び出されて、次の出場指令が繰り返される。この日も朝に出場したっきり消防署に戻ることができないまま連続の出場を繰り返していました。


救急車内に無線の音が鳴っている。

「〇町の現場、〇隊は活動中、▲救急隊は未着、5×歳男性はCPA…」

機関員「おいおいおい…聞いたか?〇町に▲救急隊が向かっているってよ…20キロくらいあるんじゃないか?」
隊員「ええ…しかも5×歳がCPA…」
機関員「助からないよな…」
隊員「ええ、▲救急隊がどこから出場したのか知らないですけど、仮に待機していたとしても30分以上はかかるでしょ?助けられるとは思えない…」
機関員「ついにここまで来たな…傷病者はもちろんだけど、先着しているポンプ隊もかわいそうだ」
隊員「そうですね、30分以上も救急隊が来ないんだ…いつになったら救急車が来るんだって、罵られることもありますから…」

無線機が鳴り響きました。

機関員「おいおい…嘘だろ…まだ病院に着いたばかりだぜ…」
本部「救急隊、再出場態勢どうでしょうか?どうにか出場できませんか?」
機関員「いやいや…まだ隊長が医師への引き継ぎから戻ってきていません、車内消毒もまだです」
本部「はぁ…そうですよね…救急出場がひっ迫しています、早期引き揚げをお願いします」
機関員「はい…了解です…」

隊員「次、出れないかって?」
機関員「ああ、昼飯なしでも出場しろってことだ、オレたちに労働者の普通はないってさ」
隊員「ええ、それは知っています…」

隊長が医師への引継ぎを終えて救急車に戻ってきました。

「熱中症 軽症」



隊長「医師から何で救急車なんだって言われた…」
機関員「俺達も思っていますって話ですよね?」
隊長「でも、この異常な暑さだ、連日、熱中症が危険だって報道もあるし、何かあってからじゃ遅いからって、そんな思考になるのも分からないでもないよな?」
機関員「ええ…その要因は大きいかもしれないですけど…クラクラしたから一応救急車でって訴えはやっぱり違いますよ…」
隊長「そうだよなぁ…俺たちも一応、昼飯は食べたいよな?」
機関員「一応じゃなくて…昼飯食べるのは普通のことですよ?」
隊長「ああ、そうだな、そうだった…」

医療機関員を引き揚げるとほぼ同時に呼び出しがあるのでした。

機関員「おいおいおい…1分と持たないかね…凄えな…」
本部「救急隊、〇町で救急要請です、再出場願います」
隊長「はぁぁ…今日も昼飯は却下か…仕方ないな行こうか…、どうぞ、受信態勢取れました」
本部「了解、指令します」

無線での出場指令

「救急出場、〇町〇丁目…〇隊活動中、▲救急隊出場途上の現場、5×歳の方、CPA」

機関員「え”…嘘だろ…?さっきの無線の現場じゃないか…」
隊員「▲救急隊が遠すぎるからうちらが向かうってことですか…」
隊長「受信了解、なお▲救急隊は引き揚げとなり、我々が向かうということですか?先着隊からの情報はありますか?」
本部「そうです、▲救急隊は引き揚げさせます、現在、ポンプ隊が活動中、5×歳男性はCPA、現在までポンプ隊により2回の除細動を実施です」

119番入電から10分以上、指令した▲救急隊はまだまだ到着できないからと、医療機関を引き揚げたこの隊に現場に向かうよう指令されたのでした。機関員は地図を確認し、隊長はカーナビを設定します。

機関員「俺たちだって別に近いって訳じゃないですよ…えっと…ここだな…」
隊長「カーナビだと…7キロある」
隊員「通報から既に10分以上経っているんですよ…滅茶苦茶だ…」

現場到着

現場には汗だくになり心肺蘇生法を実施しているポンプ隊、ここまで除細動が2回、先着してから活動を開始してから既に30分以上が経っていました。

隊長「CPRを継続!モニターを張り替えろ!状況を!」
ポンプ隊長「了解、ここまで除細動2回、通報者の奥さんの目の前で卒倒したため…」

傷病者は5×歳の男性、自宅で突然倒れ、反応がないと奥さんが119番通報したのでした。駆け付けたポンプ隊が心肺蘇生法を実施しAEDを装着、2回の除細動を実施していました。目撃のある心肺停止事案、救命のチャンスは大いにあり、いかに早く適切な処置を行い、いかに早く医療機関に搬送するかが救命のためには重要です。

しかし…救急隊が到着したのは倒れてから既に30分以上もの時間が経ってからでした…。

隊長「奥さん、これから救急救命士が行う救命処置を実施させてもらい救命センターという医療機関に搬送します」
奥さん「はい…ええ…はい…よろしくお願いします」

呆然と立ちすくんでいる奥さんに状況を説明し処置、搬送準備を進めます。30分以上もの間、駆け付けない救急隊、いつまで経っても始まらない搬送、地獄の時間…。



医療機関到着

119番入電から医師引継ぎまで約1時間、救命医に状況を申し送ります。

医師「なるほど、先着したポンプ隊が除細動を、救急隊到着時は?」
隊長「心静止になっていました」
医師「入電からもう1時間経ってる…どこから出たの?」
隊長「我々は病院を引き揚げたところから現場に向かいました、▲救急隊が着かないからって…」
医師「▲救急隊ってどこの隊ですか?まさか▲町の救急隊?」
隊長「ええ…そうです…」
医師「ふぅ…助けられないでしょ…それじゃ…」

「心肺停止 重篤」

隊長「医師から〇町に▲救急隊や俺たちが向かっているようじゃ誰も助けられないってさ…」
機関員「ええ…時間との勝負だっていうのに現場は遥か彼方だ、駆け付けた俺たちはそもそもよーいドンで出られてないんだから」
隊長「いよいよのところまで来たな…」
機関員「救急隊が脱輪して搬送が遅れた、救急隊が道を間違えて搬送が遅れた、そんなことがある度にどこの消防本部も再発防止に努めますって…、もっと先に頭を下げないといけないことってないのかね?」
隊長「確かに…道を間違える、脱輪する、それ以上の到着遅延が常態化しているな…」
隊員「完璧なルートで、どんなに急いでも30分以上は絶対にかかります、こんなことでごめんなさいって?」
機関員「ああ、現場のミスは厳しく対応、まあそれはいいさ、命を預かる仕事をしているんだ、でもどんなに偉くなってもそれは同じことだろ?涼しい会議室で少しは考えているのか?」
隊長「ふふ…手厳しいね、耳が痛い幹部も多いんじゃないかな?ただ…うちだけの問題じゃないんだよな…」
隊員「ええ、全国レベルみたいですね…」

早期に収容し次の出場に備えてくれ、無線機から悲痛な声がひっ迫する救急の状況を伝えている。救命センターを引き揚げるとまたも1分とかからず次の出場を告げる無線呼び出しがあるのでした。

本部「■町で再出場です、受信態勢を取ってください」
隊長「了解…」
機関員「■町…20キロじゃきかないぞ…」

こんな状況を誰が解決できる?こんな事態をどこが解決できる?こんなことでどうやったら救命できる?命を預かる仕事を普通にやりたい…。


119番通報する前に1秒だけ考えてほしい、 大切な人がすぐ近くで倒れていないだろうか?今、本当に救急車が必要だろうか?と。
すべては救命のために
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