超ウケる~本気で呼んだの~

溜息の現場

どの現場で活動していても、近くの家で生死を彷徨う重症な方が出ることがあります。不適切な救急要請が繰り返されると、この家への救護の手は間違いなく遠のいてしまう。より遠くの救急車が向かわなければならなくなってしまう。だから、救急車を呼ぶ前に1秒だけ考えてほしい。本当に今、救急車が必要なのか?

その1秒がいかに難しいか…、その普及がいかに絶望的か…。これまで救急車の不適切利用の事案、思わず溜息の現場の話を数々紹介してきました。今回はその中でもかなりのレベルのお話です。

 

出場指令

お昼を回った時間、暖かい日差しが注ぐ消防署に出場指令が鳴り響きました。

「救急出場、○町〇丁目…〇アパート103号室H方、女性は発熱、動けないもの、通報は友人男性」

との指令に私たち救急隊は出場しました。出場先は消防署から直近、数分で現場に到着しました。通報電話に連絡しましたが、応答はありませんでした。

現場到着

救急機関員「ここです、このアパートです。ここに停車しますよ」
救急隊長「了解」
救急隊員「えっと、103号室ですから奥ですかね?」

通りから奥に101号室、102号室と進んでいくに連れて何やら楽しそうな笑い声が聞こえてきました。

現場到着

103号室、ここが要請先の部屋…。

「キャハハハハハ~!」

現場とは思えないとても楽しそうな声が部屋から漏れています。危機的状況にある場所から聞こえてくるはずがない声です。

隊長「ここだよな…?間違いないよな…?」
隊員「ええ、103号室…でも表札に名前はないですよね?」

この雰囲気に、隊長はドアを開けることをためらっています。車両を停車し施錠してから、機関員が一足遅れて駆け付けました。

機関員「隊長、間違いないです、番地も建物名も間違いない、部屋番号103」
隊長「そうだよな…」

隊長がドアを叩く

隊長「こんばんは、Hさん、ドアを開けますよ~」

部屋の中には8畳ほどのスペースに若い女性が数人いました。みな17,18歳ってところでしょうか?女の子たちはまさにギャル、みんなド派手な井出たちで派手な化粧をしています。突然訪ねてきた救急隊を見てキョトンとしていました。

緊急事態では救急隊を待ちきれず通報者が駆け出してくることばかりです。緊急事態が起こっている現場から楽しそうな笑い声なんて聞こえません…。緊急事態なら、誰もキョトンとなんてしない…。現場を間違えたのか?不安がよぎります。

隊長「あの…救急車を要請されていませんか?」
ギャルたち「救急車…?呼んで…いませんけど…」
隊長「呼んでいない?」

奥のドアが開きやっぱり17,8歳であろう男性が顔を出した。

若い男性「あ!Hです、お願いします」
隊長「え?あなたが救急車を要請されたんですか?」
若い男性「ええ、こいつです、お願いします」

若い男性は要請者でHさん、ここは彼の部屋でした。彼が指差したのは部屋の隅のソファーで横になっているギャル、確かに具合いが悪そうにソファーに寝ていました。

傷病者「ええ!私!?」
Hさん「お前が具合悪い~、死にそうだ~、救急車~って言うから呼んだんじゃねえか」
傷病者「ええ~本気で呼んだの~まさかマジで呼ぶとは思わなかった、救急車呼ぶほどじゃないって~、やだぁ~!」
救急隊「…」

他のギャルたち「何それ~超ウケルんだけどぉ~キャハハハハハア~」

大爆笑するギャルたち。

隊長「資器材はいいや…」
隊員「了解、撤収します…」
Hさん「笑い事じゃねえんだよ!」
ギャルたち「きゃはははははは~」
傷病者「でも救急車とか言われても私困るし、病院に行くお金なんてないしさ」
Hさん「…え?じゃあ何?これってオレの責任ってことなの?」
隊長「いやね、別に救急隊も無理に病院に連れて行ったりはしないから、そちらのお嬢さんが患者さんなんだね?救急隊もここまで来て様子もみないで帰る訳にはいかないから、血圧などを測らせてもらいます、ご本人が病院に行きたくないなら無理に搬送したりはしませんから」
Hさん「そうですか、なんかすみません…」
ギャルたち「ハハハハ~マジで超ウケる~ヒィ~」

ちっともウケねえよ…いい加減にしてほしい…

要請者のHさん、具合が悪いギャルは申し訳なさそうにしていましたが、同じ部屋にいた数名のギャルたちは大盛り上がり、お腹を抱えて大爆笑しているのでした…。傷病者の少女は16歳、やはり派手な化粧で顔色は伺えません。ここ数日風邪気味で体調が悪かったと言います。

隊員「隊長、バイタルです、脈拍は…」
隊長「脈拍や血圧はまあ異常な数値じゃないです、ちょっと微熱があるね、病院には行かなくて大丈夫ですか?」
傷病者「はい、病院はいいです、すみませんでした」
Hさん「すみませんでした、大丈夫でした」
隊長「はい、分かりました。それでは救急隊はこれで引き揚げますね」
Hさん「ありがとうございました、すみませんでした」
ギャルたち「ハハハハ、最高、ウケる~!」

はぁぁ…バカバカしすぎる…

「不搬送 搬送辞退」

帰署途上

あまりのくだらなさに救急車内も真っ暗です。

機関員「世の中をナメきっているよな」
隊長「ホントにそうだ…」
隊員「何やっているんでしょうね彼ら、みんな高校生くらいですよね?この時間にあんな風にしているってことは学校にも行っていないでしょ?」

学校で是非とも教えてほしい救急車の適正利用について。学校に行っていない彼らにはどう伝えたら良いのでしょう。本当に必要な人が必要な時に利用できるように、救急車の適正利用を幅広い人たちに理解してもらう…。全国の消防本部、当サイトの目的、絶望的に無理難題なのでは…?

119番通報する前に1秒だけ考えてほしい、 大切な人がすぐ近くで倒れていないだろうか?今、本当に救急車が必要だろうか?と。
すべては救命のために
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