溜息の現場
少子化、子どもを育てやすい町つくり、環境作り、サポート体制、新聞紙面やニュース番組などでも良く取り上げられている題材です。病気や怪我をしている大事なお子さんを迅速に医療機関に搬送する。救急隊も小さなお子さんを持つご両親の心強い支えでありたいものです。
出場指令
「救急出場、〇町〇丁目、〇マンション…K方、1歳の男児は発熱及び痙攣、父親からの通報」
との指令に私たち救急隊は出場しました。
隊長「1歳のお子さんか、きっと熱性痙攣なんだろうな」
隊員「ええ、きっとそうでしょうね」
この年代のお子さんの痙攣でたいへん多いのが熱性痙攣と呼ばれるものです。痙攣の際に白目をむいてガクガクと硬直し、その際に顔色が真っ青になるケースが多いです。保護者がびっくりして救急要請、だいたい救急隊が到着時には痙攣は治まっていると言うケースがほとんどです。
現場到着
機関員「いたいた!あの夫婦じゃないのか」
指令先のマンションの前で母親は小さな子どもを抱きその横には若い男性、タバコを吸っていました。
隊長「こんにちは、救急隊です。通報されたKさんですね、抱かれているお子さんですね?」
母親「はい、そうです、今は治まったんですけど、さっきまですごく震えていて様子がおかしかったんです」
隊長「分かりました、救急車の後ろのドアを開けますから気をつけて乗ってください、しっかり抱っこしてください」
母親「はい」
とても心配そうなお母さんは30歳くらいの女性です。1歳のお子さんをしっかりと抱いていました。この女性の夫にしてはずいぶんと若そう、20歳そこそこにしか見えないこの男性が通報した父親でした。まだタバコを吸っています。彼は落ち着きのない様子で到着した救急車をキョロキョロと見ては、こんなことをつぶやきました。
父親「あはは…本当に来たよ…」
え…え…?どういうこと?自分の子どもが痙攣を起こして緊急事態だからと要請したはず…何なんでしょうか?この人…。この父親はタバコを道に捨て救急車に乗り込みました。
車内収容
傷病者観察、お母さんのお話からしても熱性痙攣で間違いないであろう内容でした。1歳の男の子お母さんが大切に抱っこしています。今も発熱で苦しそうではありますが母親の腕の中、すやすやと眠っていました。
隊長「それはとても心配でしたね、今もかなりの熱はあるけどよく寝ているみたいだし、そんなに心配しなくても大丈夫だと思うよ」
母親「そうですか…、もうガクガク震えだして…、私、びっくりしちゃって…このまま死んじゃうんじゃないかって…」
隊長「そうだね、お医者さんの診断を受けないとはっきりとしたことは分からないけど、きっと熱性痙攣って言われるものだと思います、私たちもよく出会う症状です」
母親「そうですか、よろしくお願いします」
隊長「今、病院と連絡を取っていますからもう少し待ってください」
救急車に乗り込み隊長との会話ですっかり安心してきた様子の母親、それに引き換えそわそわと落ち着きのない父親、救急車の中が珍しいようでキョロキョロの救急車の中を物珍しそうに見ています。病院はすぐに決定して出発することとなりました。
現場出発
隊長「それでは病院に向かいますからね。救急車も走行中は揺れますからお母さんはお子さんをしっかり抱っこしていてください、お父さんもシートベルトを確認してください」
母親「はい分かりました、お願いします」
父親「了解っす」
サイレンを鳴らし赤色回転灯をつけて救急車は走行開始、今度はつぶやきではありませんでした…。
父親「あは~!鳴ってるよぉ~!」
運転席にいる機関員、助手席にいる隊員にもはっきり聞こえる声でこう言いました。彼はサイレンを鳴らして走行する救急車に大興奮です。はぁぁ…。
病院到着
隊員「後ろのドアが開きます、足元に気を付けてください」
父親「ういっす」
父親はニヤニヤと大満足のご様子…、ぴょんと救急車を降りました。
隊員「お母さん、お子さんをしっかり抱っこして降りてください、気をつけて降りてください」
母親「はい、すみません、ありがとうございます」
「熱性痙攣 軽症」
帰署途上
隊長「あの父親…、救急車を呼んでおいて吹かしタバコだぜ…まったく…」
隊員「お母さんはとずいぶん心配そうだったですけど、父親はまったくそんな素振りはなかったですね」
機関員「彼は救急車が来て喜んでたじゃない、大丈夫なのかね?あの父親に育てられるあの子は…」
隊長「子どもは親を選べないからな…」
救急要請する親は大切な子どもの緊急事態にいつもとても心配そうです。自分が痛いのは我慢できても、子どもが苦しんでいるのは我慢できない、気持ちは大変よく分かります。
子どもの緊急事態に気が気でいられない母親と、救急車にワクワクが止まらない父親、あの子の将来が心配です…。
119番通報する前に1秒だけ考えてほしい、 大切な人がすぐ近くで倒れていないだろうか?今、本当に救急車が必要だろうか?と。
すべては救命のために
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