これだけ飲めばまずダメでしょう

緊迫の現場

繁華街などで若者が市販薬を過量服用してしまい救急搬送された。そんな報道をよくみかけるようになりました。DOD、ドラックオーバードーズは救急隊にとってはよくある現場の話です。

出場指令

「救急隊、消防隊出場、〇町○丁目○番…、T方、男性は薬物の過量服用、通報は妻から」

出場先は隣の消防署の受け持ち区域、近くの消防隊が同時出場となりました。当然、先着したのは消防隊です。


現場到着

Tさんのお宅はマンションの一室でした。先着していた消防隊が活動していました。消防隊員が玄関部まで案内に来ていました。

隊長「傷病者の様子は?」
消防隊員「精神科に通院されている方で、処方されている薬を数百錠を飲んだ模様です、今、空のケースを集めています」
隊長「了解」
消防隊員「こっちです」

傷病者は30代の男性でTさん、部屋は散らかっておりテーブルの上、床にも様々な未使用の薬、空になった薬のケースが散乱していました。数本の缶ビールや缶チューハイの空き缶が転がっていました。

消防隊長「意識レベルは300、呼吸と脈拍は問題なし、気道確保しています」
隊長「了解、代わります」

救急隊によりバイタルサインの評価を行いました。消防隊からの申し送りのとおり、やはり意識レベルはJCS300、まったく反応がありません。しかし、呼吸や脈拍、血圧、酸素飽和度など他のバイタルサインには問題はありませんでした。

隊長「奥さん、ご主人は精神科のご病気をお持ちとのことですが、かかりつけは?」
奥さん「はい、うつ病で▲クリニックにかかっています」
隊長「そちらでもらったお薬を飲んでしまったのですか?」
奥さん「はい…、これみたいです」

奥さんが出したのは▲クリニックから処方された精神科薬の一覧でした。A4サイズの用紙に薬の数、服用方法、効果、注意事項などが記載されています。その裏にペンでこのように殴り書いてありました。

「全部飲みます これだけ飲めばまずダメでしょう さようなら」

隊長「この字はご主人の字ですか?」
奥さん「はい…間違いありません…」
隊長「それなら、これだけ全部飲んだのだろうな…」
機関員「数が多くてまだ数え終わらないけど数が合わない、処方されているひと月分よりもっと…数百錠は飲んでますよ」

消防隊員と一緒に空きケースを数えていた救急機関員ですが、数が多すぎてとてもすぐには数え終わりません。

隊長「ご主人はこのようなことをしたのは初めてですか?」
奥さん「いえ…実は前にも何度か同じことがあって…」
隊長「その時はどちらの病院にかかりました?」
奥さん「●病院です」
隊長「●病院と言うと、救命救急センターというところに運ばれた?」
奥さん「そうです、救命センターに…」
隊長「なるほど…」

飲んだ薬の空ケースは300を超えていました。今回、これを全部飲んでいるかは分かりませんが、どちらにしても多過ぎる。

隊長「この用紙に記載されているお薬はひと月分ですよね?空の薬のケースが多すぎるのですが、ご主人はちゃんとお薬を飲んでいましたか?」
奥さん「分かりません…自分で管理していたから…」
隊長「過去に同じことをした時は?実は溜め込んでいた薬を飲んだ、そんなことはなかったですか?」
奥さん「ありました…前回に過量服用した時も溜めていた薬を一気に飲みました」

処方された薬を飲まずに溜め込み、自殺を図るために数か月分を一気飲みする。精神科疾患がある方の過量服用事案ではよくある話です。特にTさんの場合、過去に同じことを繰り返しています。奥さんの話によると過去の事案の際にも3カ月分ほどの薬を溜め込んでいたようです。

隊長「量が多すぎるな…3次選定しよう」
機関員「了解、選定に入ります」

過去にも搬送歴のある直近の救命救急センターがすぐに受け入れてくれることになりました。

 

病院到着

救命救急センターとは心肺停止に陥った、高所から墜落した、交通事故で何メートルも跳ね飛ばされた、そんな瀕死の人を助けるための医療機関です。ほとんどの人が生涯関わることのない特別な役割を持っています。

救命救急センターにかかりつけ、そんなことはある訳がないのですが…、Tさんはちょっとしたかかりつけです。到着するとすでにTさんのカルテが準備されていて、医師たちは過去の経過を把握していました。

救命医「やれやれ、またオーバードーズか…どれだけ飲んだのですか?」
隊長「おそらく300錠くらい、数か月分を溜め込んでいたみたいです、これが薬の一覧、これは本人の字で間違いないそうです」
救命医「ああ…なるほど…」

「薬物中毒 中等症」

 

帰署途上

隊長「先生の話だと明日には退院だって」
機関員「まあそうでしょう…、オーバードーズはだいたいそのパターンだ」
隊員「心が病んでいないと300錠も飲めないですよね?」
隊長「酒と一緒だから飲めるんだよ」
機関員「薬をつまみに酒を飲むのだろ?それってやっぱり病んでいないとできないことだよな?」
隊員「これで最後にしてくれればよいのだけど…」
機関員「そうだなぁ…でも、繰り返さないとは思えないよな…」
隊員「しっかり治療してくれる精神科に入院できれば良いですね」
隊長「ああ、明日、どこかの精神病院に転院搬送がかかるかもな…」

オーバードーズ後の下り転院搬送のお話はこちら)


救急隊は様々な自殺の現場に向かいます。だから、オーバードーズよりも遥かに確実な方法があることを知っています。他の確実な方法の場合は、駆け付けた時に自殺は完成しています。オーバードーズの現場ではほとんどが未完成、どこか助けてほしいというメッセージを感じるのです。

Tさんの場合は薬の種類、量を記載した紙に直筆で遺書めいた書き込み。意図しているかどうかは分かりませんが、助けてもらうための準備をしっかりしているのです。この段階でしっかりとした治療が進めば良いのでしょうが、同じことを繰り返してしまう…そんな現場が本当に多いです。

繰り返すオーバードーズ、自殺未遂、同じようなエピソードで出会う同じ傷病者、次第に悪くなっていく傾向も感じます。何度か未遂で出会った傷病者がついに完成させてしまった…そんな現場もありました…。SOSのメッセージはあったのに…歯がゆい、辛い現場です。


119番通報する前に1秒だけ考えてほしい、 大切な人がすぐ近くで倒れていないだろうか?今、本当に救急車が必要だろうか?と。
すべては救命のために
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