ケーススタディ
この記事は慢性膵炎、病院に行く目的は?の回答編になります。
Eさん「いや…この痛みをどうにかしてもらえればそれでいいんだ」
隊長「それは…お薬を使ってほしいってことですか?」
Eさん「ああ、ソセゴンを打ってくれればそれでいい」
やっぱりそういうことか…。ソセゴンは麻薬類似薬であるペンタゾシンという薬の事です。強い鎮痛作用があり、個人差があるようですが、人によっては非常に良く効き、実際にEさんのこの上腹部痛はペンタゾシンを使うと嘘のようになくなるのだそうです。
隊長「入院が必要か、どんなお薬を使うか、そういった治療方針は先生が診察して判断することです。だから救急隊がソセゴンを使ってくれる医療機関を選定するなんて事はできませんよ」
Eさん「そうか…、ただソセゴンを使ってくれればすぐに良くなるんだ」
隊長「Eさんそれはね、ただ痛みが取れただけですよ、根本は何も解決になっていませんよ」
Eさん「それはいつだか医者にも言われたことがあるんだ、ただ痛くて仕方がないから…」
時々激痛に顔を歪めるEさん、耐え難い上腹部痛があるのは事実でしょう。Eさんの希望はこの痛みを取ってくれれば良いと言うこと。ただそれはただの対処に過ぎません。
隊長「ここふた月いろいろな医療機関を受診されたと言っていましたね?どの病院もソセゴンを打ってくれた訳ではなかったでしょう?」
Eさん「そうなんだ…」
Eさんによれば訪れた病院でソセゴンを打つように希望し、断られた際にはだいたいトラブルとなり、時には点滴を自分で抜いて帰ってきた事もあったそうです。
隊長「Eさん、私たちはこれからあなたを診察してくれる病院を探します。ただ、先ほども言ったようにあなたが希望するとおりにソセゴンを使ってくれる医療機関を探すなんて事はできません、それは先生が診察して決めることです。あなたも希望が通らないからって今までみたいに病院を飛び出したりするなんて事はしないで下さい、いいですね?」
Eさん「…分かった」
隊長「ふぅ…、Eさん、悪いことは言わない、しっかり膵炎の治療を受けないとダメだよ、薬で痛みを取って、それでまた酒を飲んでいたんじゃどんどん悪くなってしまうよ」
Eさん「うん…」
本当に分かっているのでしょうか…。ただ、Eさんは私たちに暴言を吐いたりするような事はいっさいありませんでした。本人もこのままではいけないって思っているのかもしれません。それでもどうにもならない、そんな負の連鎖に陥っているのかもしれません。
さてと…問題は病院選定、これまでの経過を説明すれば…こりゃ一筋縄ではいきそうにないぞ…。
まだまだ病院選定中
予想通りこれまでの経過を説明すればどこも受け入れてはくれないのでした…。トラブルの可能性大の患者をこの時間にわざわざ受け入れてくれる医療機関を探す事がどれだけ難しいか…。
たらい回し、受け入れ拒否と社会問題にもなっていますが、このように様々な要因が絡んでいる事もあるのです。悪いのは病院?医師?救急隊?何か違う気がしてしまう…。
機関員「○救急隊です、患者さんのお願いです」
看護師「○救急隊?ずいぶん遠くですね、どうしてうちなの?」
機関員「いえね、そちらで9件目の選定なのですよ」
看護師「はあ、そうですか、どのような患者さんですか?」
これまでの経過を説明します。
機関員「…という患者さんなのですが、診察していただけませんか?」
看護師「患者さんは痛みを取ってくれれば良いって言うのね、お薬を使うかどうかは先生の判断ですよ、それに多分、先生は使わないと思うわ」
機関員「ええ、治療方針は先生が決めることだと言うことはご本人にも話してあります」
看護師「…少しお待ちください、今、先生に聞いてみますから」
機関員「はい、お願いします」
ふぅ…ここもダメだろうか?いくつの医療機関に断られるのだろう…。
医師「お電話変わりました当直医です、看護師から話は伺いました、ずいぶん選定しているんだって?」
機関員「ええ、先生、そちらで9件目になります、どうにか診察してはいただけませんか?」
医師「いいですよ、診ましょう。ただねソセゴンは使わない、痛みに関しては対処はするけど、私が診察するからにはしっかりと治療するから、だから患者さんにしっかりとした治療を受ける意志があるならどうぞいらしてくださいと伝えてください、その辺りをよく理解してもらってください」
機関員「本当ですか先生!ありがとうございます、このままお待ちいただけますか?今、ご本人に説明しますから」
医師「ええ、どうぞ」
なんて素晴らしい先生なのでしょう。どの医療機関もトラブルになるからと敬遠する中、私がしっかり治療すると言ってくれています。
機関員「Eさん、今、○病院の先生が電話に出てくれています。こちらの先生がしっかりと治療してくれるって言っていますよ、ただソセゴンは使わないって、それをご理解頂けるなら診察してくださるそうです、いいですね?」
Eさん「ソセゴンじゃないと効かないんだよ」
隊長「Eさん、さっきも言ったようにそれはただ痛みを取るだけだよ、原因をしっかり治療しないとダメだ、あなたもそれは分かっているのでしょ?」
Eさん「…」
どうしてもソセゴンを使ってほしいと渋るEさん…。隊長の説得がしばらく続きました。
機関員「先生、お待たせしてすみません、もう少しお待ちください」
医師「ええ、どうぞ」
隊長「さっきも言ったけど、どちらにしても救急隊はソセゴンを使ってくれる医療機関を探すなんて事はできない、その痛みは身体の悲鳴なんだよ、薬で誤魔化しても良くなんてならない、こんな事を続けていても身体は悪くなる一方だよ、ちゃんと治療してもらおう、なあEさん、○病院に行こう」
Eさん「分かった…」
医療機関到着
医師「今日も大分お飲みになっているね、こんな事をしていたら病気は悪くなる一方ですよ」
Eさん「ええ…それは分かってはいるのだけど…」
医師「分かってはいるけどお酒は止められないかい?今まで病院でソセゴンを使ってもらって痛みがとれるとどうしていたの?また飲んでしまっていたのではありませんか?」
Eさん「…そうです」
医師「そう…あなたには膵炎の治療だけじゃなくてお酒の方も治療が必要かもしれないね」
「上腹部痛 軽症」
帰署途上
隊長「慢性膵炎による痛みに間違いないだろうってさ」
隊員「そうでしょうね…時々ありますよね、この手の事案」
隊長「ああ、この病院にもペンタゾシンが目的の患者は時々来るんだって、やっぱりトラブルが多いんだってさ」
隊員「そうでしょうね、それが分かっていてよく受け入れてくれましたね、良い先生ですね」
隊長「本当に良い先生だよ、今日は帰すみたいだけど明日また外来に来いってさ、アルコール依存の治療も必要かもしれないからそちらの科でも診察するように手配しておくってEさんに説明していたよ」
隊員「そうですね、Eさんの場合、アルコールを断って、治療はそこからなのでしょうね」
機関員「…問題はあのEさんが明日ちゃんと先生に言われたとおり外来に行くかどうかだけどな」
隊長「どうだろうなぁ?きっとこのままじゃいけないって、それは本人が一番分かってはいるだろうと思うんだよ、Eさんの意志次第だな」
機関員「明日、外来にかからなければ同じようなことを繰り返すことになるでしょ、そうなれば必然的にまたオレたちと顔を合わせる事になっちまうさ」
隊員「そうならないのがEさんにも救急隊にとっても良いのですけどね」
アンサー
Eさんの希望は『痛みをどうにかすること、ペンタゾシンを打ってくれること』でした。
受け入れる医師はペンタゾシンは使わないと宣言し、救急隊もその旨を説得した上で搬送しました。患者のニーズに応えるのが医療従事者の使命、医師も救急隊もこの事案ではニーズに応えていないどころが無視しています。
ニーズに応えようとしない医師も救急隊も間違っていると感じる方も中にはいるのではないでしょうか?しかし希望通りにするのが良いことなのでしょうか?それがニーズに応えると言う事なのか?
Eさんが希望するようにただ痛みを取って帰せば、また同じようなことを繰り返すのは必至でしょう。トラブルを抱える患者、希望通りに痛みをとって帰した方がよっぽど楽だと思います。
でもそんなの治療じゃない、自分が診察するからにはしっかりとした治療をする、引き継いだ医師からはそんな崇高な想いを感じました。
『今の状況をどうにかしなくてはいけない』Eさんの心の底にあるそんな本当にニーズに応えようとしている、私はこういう方こそ素晴らしいお医者さんだと思います。
一方の私たち救急隊、仮に「いいよ、その痛みをどうにかしてあげる」そう言ってくれる医師がいたのならもちろん搬送している事でしょう。それが何の解決にも繋がらないと分かっていても…。
明日、外来にかかれば今の生活をどうにかしてくれるかもしれない。でもしっかりした治療を受ければ酒は飲めなくなってしまう生活が待っている。果たしてEさんはどうしたのでしょうか?ただ、少なくともあれから私たちがEさんを扱う事は一度もありませんでした。
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すべては救命のために
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