慢性膵炎、病院に行く目的は?

ケーススタディ

これまで様々な問題を抱える傷病者のお話を紹介してきました。医療機関のブラックリストに載るような問題を起こす人たち、院内での暴言や暴力、喫煙や飲酒などルールが守れない、治療費を払わないなどなど問題の内容も人それぞれです。

中でもやはり救急隊が関わる事が多いのはアルコールに関わる問題を抱えている人たちです。アルコールを起因とする疾患を持った患者とその治療方針を巡る医療機関とのトラブル、それに巻き込まれる救急隊…。今回のお話は救急隊を務めていれば時々、遭遇するケースです。


出場指令

夜の消防署にいつものように出場指令が鳴り響きました。

「救急出場、○町○丁目Eさん方、男性は腹痛、通報は本人」

との指令に私たちは消防署を飛び出しました。現場は受け持ち区域、数分で到着できる距離でした。


傷病者接触

隊長「こんばんは、Eさん、ドアを開けますよ」

部屋には男性が立っていました。Eさんのお宅は散らかっておりあちこちにビールやチューハイ、日本酒の空き瓶などが転がっていました。

隊長「あなたが要請された方ですか?Eさん?」
Eさん「そうです」
隊長「お腹が痛いと伺っているのですが立っていて大丈夫ですか?
Eさん「ええ、少しくらいなら、急に痛くなってきてしまってね…」
隊長「そうですか、それでは救急車の中で詳しくお話を聞かせてください」
Eさん「ああ、分かった」

傷病者のEさんは50代の男性、意識は清明で歩くこともできる状態でした。この部屋で一人暮らし、仕事はしておらず生活保護で暮らしているとのことでした。

50代男性の一人暮らしの部屋がこのくらい散らかっているのは珍しいことではありません。やはり気になったのはあちこちに転がっている酒の空き缶、空き瓶です。

しっかりとした生活をしているとはとても思えません。自力歩行で救急車に乗り込みメインストレッチャー上に横になりました。


車内収容

隊長「こんな風にお腹が痛くなるのは初めてですか?」
Eさん「いや…実は過去にも何度か同じようなことがあって…また同じような痛みなんだ」
隊長「そうですか、過去にも同じような症状が出たことがあるのですね?ご病気は何ですか?」
Eさん「慢性膵炎」
隊長「慢性膵炎、それはどちらで治療していますか?」
Eさん「いや…今はどこにもかかっていない」
隊長「それは良くなったと言うことですか?」
Eさん「いや…治ってはいないんだけど…」

言葉を濁すEさん、そんなEさんの呼気からは…

隊長「Eさん、ずいぶんとお酒の臭いがしますけど、今日はどのくらい飲んでいますか?」
Eさん「さっき、夕食の時にちょっと飲んだんだけだ」
隊長「そのちょっとを教えてくださいよ、これから医療機関に連絡する際にどのくらいお酒を飲んでいるかは必要な情報ですから」
Eさん「ビールを2杯と…その後にウーロンハイを3杯と…それから…」

そうでしょう…、ちょっとの量でここまで臭うはずがありません。Eさんはつい先ほどまでかなりの量のお酒を飲んでいました。部屋に転がっていたたくさんの酒の空き缶、空き瓶のうちいくつかはつい先ほど飲んだものなのでしょう。

上腹部の痛みが持続的に続いており、痛みには波があるとの事でした。バイタルサインには特に問題はありませんでした。

隊長「ねえEさん、お医者さんにお酒は飲んだらいけないって言われていませんか?膵炎の方がアルコールを飲んだらいけないって」
Eさん「言われてる…」
隊長「そうでしょう…それでは以前にこんな風に腹痛になった時も今みたいにお酒を飲んでですか?」
Eさん「…ああ、そうなんだ」

Eさんは数年前から慢性膵炎を患っており、過去にいくつかの病院にかかっていたのですが、現在は治療を受けていないとのことでした。

隊長「分かりました、それではアルコールが原因になっている可能性が高そうですね、他にご病気はありませんか?」
Eさん「肺炎になって入院したことがある」
隊長「それはいつの話ですか?」
Eさん「2ヶ月くらい前」

一番最近、医療機関にかかったのは肺炎で、2ヶ月くらい前までY病院に入院していたとのことでした。

隊長「なるほど、分かりました。でも肺炎で入院されていた時も膵炎の方も治療してもらっていたのですよね?」
Eさん「うん、まあ…」
隊長「それではY病院に連絡してみましょうか?」
Eさん「いや…もっと近くはないかな?」
隊長「Y病院は救急病院ですし、それにそこまで遠くもないですよ、Y病院は嫌ですか?」
Eさん「嫌と言うか…」

やっぱり言葉を濁すYさん、入院歴のある病院にどうも行きたがらないこの様子、こんな事案にはたまに出会います。かなり話が見えてきました。

隊長「Y病院には2ヶ月くらい前まで入院されていたのですよね?何か診てもらえないような事があるのですか?」
Eさん「いや…別に…でも、多分見てくれないと思うんだよなぁ…」

どうもはっきりとしないEさん、本人もY病院に行きたくないとは言わないのです。腹痛の原因と思われる膵炎をこの前まで治療してもらっていた医療機関です。直近の医療機関ではありませんが遠くはありません、まず入院暦のあるY病院に連絡をとってみることにしました。


病院連絡

機関員「…という状況の方です。2ヶ月くらい前にそちらに肺炎で入院、その時に膵炎の治療もしてもらっていたとの事です」
看護師「分かりました、当院に入院されていたのですね?患者さんのお名前を教えてもらえますか?」
機関員「はい、Eさんです」
看護師「Eさん?どこかで聞いたことがあるような…少しお待ちください」

どこかで聞いた事がある…と言うことは有名人か…、救急隊が関わる有名人はいつも悪い方、悪名がとどろいている方です。今、電話の向こうでブラックリストのノートを開いて確認している絵が浮かんできます…。

看護師「お待たせしました、Eさんですよね?生年月日は○年○月○日?」
機関員「はい、そうです、間違いありません」
看護師「当院ではお受けできません、ブラックです」

ああ、やっぱりね…。 機関員も一応もう一押ししてみます。


機関員「そうですか…どうにか診察して頂けませんか?」
看護師「無理です!」

看護師はきっぱりと応えるのでした…。

看護師「この方はですね…確かに2月前まで肺炎で入院されています、それで…入院中にお酒を飲んでトラブルを起こしています、しかも1度や2度ではありませんよ、お酒が飲めないのが嫌だったみたいよ、自己退院しています」
機関員「はぁそうですか、それでは受け入れては頂けませんね?」
看護師「はい、ごめんなさい、当院では対応できません」
機関員「分かりました、またよろしくお願いします」

やっぱりブラックだったか、はぁぁ…。

機関員「Eさん、Y病院は先生に退院してよいと言われて退院した訳ではないようですね、入院中にお酒を召し上がったんですって?Y病院ではもう診られないと言われましたよ」
Eさん「そうだろうなぁ」

やれやれ…まるで人ごとです…。

隊長「Eさん、あなたの話ですよ、Y病院は自己退院したのね?何で?」
Eさん「いや、肺炎の方はもう良くなったし、もう良いんじゃないかってな」
隊長「…それはもう退院しても良いだろうと自分で判断したってこと?それともお酒を飲んでもいいかなってこと?」
Eさん「う~ん、まあ、どっちもかな」

はぁぁ…困ったもんだ。

隊長「ふぅ…Eさん、それはどっちもダメだから、お医者さんの許しなしに勝手に退院することも、入院中の人がお酒を飲むことも、特にあなたは膵炎なのですよね?」
Eさん「いや、それは分かっているんだけどな…」
隊長「Eさん、本当のことを話してくださいよ、同じようなことでもう診てくれないような病院はありませんか?他にもトラブルになったことのある医療機関はありませんか?」
Eさん「いや…実はな…」

Eさんはここ数ヶ月の話を始めました。EさんはY病院を自己退院した後、自宅に戻り再びいつもの生活に戻ったそうです。当然、毎日お酒を飲むようになり、今日のような腹痛を起こすことも何度かあったそうです。その度に自分で様々な医療機関を受診していたとの事でした。

痛みがひどい時には救急車で医療機関に搬送されたことも何度かあったようです。慢性膵炎の方が様々な医療機関を受診する…これはよくある話です。なるほどね、やっぱりそういう事か。

隊長「分かりました、ここ2ヶ月、あちこちの病院にかかっているのですね?それはあなたの希望するする事と医師の治療方針が合わなかったという事ですね?」
Eさん「うん、まあそうだな」
隊長「Eさん、あなたが病院に行きたい目的は何ですか?」


クエスチョン

今回のクエスチョン編はここまでです。 慢性膵炎でこの手の行動をする方がいます。自ら病院を受診する方も多いようで、救急隊より病院に勤務されている医療従事者の方たちの方がすぐにピンとくるのではないでしょうか? タイトルの通り、ズバリ!Eさんが病院に行きたい理由、その目的は何でしょうか?

アンサー編は続・慢性膵炎、病院に行く目的は?

@paramedic119 フォローお願いします。