勃起してる…

緊迫の救急現場

救急隊は傷病者を安全に確実に適正な医療機関に搬送することを使命としています。傷病者の状態を把握し判断するには通報者や関係者、家族、そしてもちろん傷病者本人からしっかりとした状況聴取を行う必要があります。

同時に、確実な観察を行い、バイタルサイン、状況、そして時にはこれまでの経験や感など様々な要素から判断します。これら必要な要素を集め、正確な判断をするためには当然、それなりの時間がかかります。

しかし、緊急事態の現場ではそんな猶予はありません。緊急度の高い傷病者の場合、いかに早く医療機関に搬送し生命に関わる危険な要因を取り除く治療が開始できるかが生命や予後に大きく影響する場合があるからです。

「確実で正確な判断」と「早期に搬送する」、相反するこの要素を両立する事が緊迫の現場では求められているのです。ではこの矛盾するとも思える要素を両立するにはどうすれば良いのでしょうか?それを実現するひとつの答えとして省略すること、削ることがあります。


出場指令

昼間の消防署に出場指令が鳴り響きました。

「救急出場、○町○丁目…F方、男性は自宅庭の脚立から転落、背部を受傷し動けないもの、通報は息子さん」

との指令でした。夏の暑い日ざしが照りつける中、救急車は消防署の車庫を飛び出しました。指令先のFさんのお宅は私たちの受け持ち区域、数分で現場に到着することができました。


現場到着

指令先のFさんのお宅の前には通報者である息子さんが案内に出ていました。

隊長「通報して頂いた息子さんですか?」
息子「そうです、お願いします、こっちです」
隊長「患者さんはお父さんでしたね?意識はしっかりしていますか?」
息子「ええ、話はしっかりとしています、ただ動けないみたいで」
隊長「背中を受傷されているとお聞きしているのですが」
息子「ええ、背中から落ちたみたいで身動きがとれないんですよ、痛い訳ではないみたいなんですけど」


傷病者接触

傷病者は70代の男性でFさん。今も通報者である息子さんと共に現役で仕事をしており、特に持病もない50代と言っても通用しそうなとても元気な方でした。この日は脚立に登り庭の植木の手入れをしていたところバランスを崩し転落してしまったとの事でした。

息子「親父、救急隊の方に来てもらったぞ」
隊長「こんにちはFさん、救急隊です」
Fさん「ああ…どうも、悪いね、こんな事でお騒がせしてしまって」
隊長「いいえ、とんでもない、この脚立から落ちてしまったのですか?痛めたのは背中ですか?」
Fさん「うん、そうみたいなんだ、痛い訳ではないんだけどな…」

Fさんは少しぼ~っとしていましたが、このようにとてもしっかりとした受け答えをしており接触時、重症感はありませんでした。落ちてしまったという脚立だって三段ほどしかない小さな物で一番上の高さから落ちたとしても1m弱程度のものです。

隊員「Fさん、ちょっとお身体の様子みせてください、血圧などを測らせてもらいますよ」

私たちの隊ではしっかりと話ができるFさんのような傷病者の場合、隊長が状況を聴取し、隊員が判断に必要なバイタルサインを測定して隊長に報告する、そんな形で活動を進めています。必然的に隊長はだいたい傷病者の頭部側、隊員は脇から観察する形になります。

隊員「指に機械をつけさせて下さい、腕に血圧計を巻きますよ…」
隊長「脚立から落ちたのは覚えています?頭は打ってないですか?」
Fさん「覚えてるよ、頭は打っていないと思うんだ」

あれ?おかしいぞ…。Fさんの腕はダランと脱力しており、さらに、・・・・・トクン・・・・・・トクン・・・・・・・脈は相当に遅く弱く触れているのでした。これはひょっとして!?

隊員「Fさん、私が今、腕を触っているの分かりますか?」
Fさん「腕?」
隊員「そうです、ほら、今握手しています、けっこう強く握っていますよ、分かりますか?」
Fさん「いや…」
隊員「それでは足はどうですか?今、太もものところを触っています、分かりますか?」(!!これは…勃起してる…)
Fさん「…分からない」

Fさんは手足を触っても分からないと訴え、四肢が完全に脱力していました。そして陰茎部が勃起していたのでした。夏の暑い日、薄着であったため分かったのです。「隊長、股間を見てください」隊員は目で合図を送りました。

隊長「!!分かった、3次選定しよう!」

急げ、急げ!早く運ばないと!現場の空気が変わります。

隊長「説明やバイタルはオレが取るから、固定資器材を持って来てくれ!病院への連絡もだ、これだけでもいけるか?」

通常、医療機関への受け入れ要請はそれだけの情報を整理してから行われます。受傷に至る経過、バイタルサインなど、どうしてこの病院なのか、どうしてこの科目なのか、選定に至る理由が必要です。隊長が言う「これだけでもいけるか?」というのはまだ詳細なバイタルも測定していないこれだけの情報で連絡を開始できるか、3次選定を判断した理由を説明できるかということです。

隊員「いけます!詳細バイタルは後で入れるからって事ですよね?」
隊長「ああ、ロードアンドゴー!」
隊員「了解!」

隊員は玄関前に停めてある救急車に全身固定に必要な資器材を取りに走りました。機関員はメインストレッチャーを降ろして救急車に施錠しようとしているところでした。

隊員「待って待って!固定資器材持っていきます、重症ですよ!ロードアンドゴー!」
機関員「おいおい、本当かよ」
隊員「状況はオレが入れます、先に固定資器材を」
機関員「ああ、分かった!」

隊員に言われるがまま、たいした説明もなく、状況なんて見えていない機関員は固定資器材を持って現場へと走りました。ほとんどの活動で隊長と隊員が聴取やバイタル測定を行い、それら情報を整理した機関員が医療機関への連絡を行っています。この現場では状況をつかんでいる隊員が搬送連絡に当たりました。機関員に説明する時間がもったいない。

今は必要な処置だけを、無駄を省け、時間を削れ!急げ!

今回はクエスチョン編とアンサー編に分けての更新です。ズバリ!Fさんの傷病名は何だったでしょうか?かなりヒントとなるキーワードがそろっていますので導かれる答えはあまりないかと思います。もちろんtwitterなどSNSでのコメントも大歓迎です。皆さんの深い考察を楽しみにしています。

続・勃起してる…につづく

119番通報する前に1秒だけ考えてほしい、 大切な人がすぐ近くで倒れていないだろうか?今、本当に救急車が必要だろうか?と。
すべては救命のために
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