酩酊者に対する正しい救急活動とは?

溜息の現場

いつも救急隊を悩ませる酔っ払いたち、気が大きくなり暴言を吐く人、中には暴力を振るう人、そして、受け入れ先が見つかりません。このサイトでも様々な酔っ払いにまつわるお話を紹介してきましたが、そのほとんどの事案で通常の活動よりもはるかに時間を要してしまうのです。

本来はつい先ほどまで飲酒し騒いでいたであろう人たち、飲み過ぎさえしなければ本来は元気な人たちなのです。とはいえ、ただの酔っ払いだろうと油断するのは禁物です。酔っ払っているからこそ普段では起こらないであろう事故に逢ったり、大怪我をしていたりすることもあるのです。

2009年4月27日の奈良地裁の判決では酔った男性の搬送を怠ったとして、活動に当たった救急隊の責任を認める判決が下っています。この判決から改めて学ばれたのは、救急隊はいくら受け入れ先が決まりずらいからと言っても、そんなことは不搬送の理由にはならないと言うこと。

仮に傷病者自身が搬送を拒否したとしても説得を続けて搬送するよう最大限努めること。救急隊は医療機関に搬送し医師に判断を委ねること。それが傷病者のため、巡っては私たち救急隊の身を守ることにも繋がるということでしょうか。

はぁぁ…そんなことは現場の者ならみんな知っているのです。それがいかに難しい事か…過去の酩酊者にまつわる記事、それからこの奈良地裁の記事を合わせてお読みください。


出場指令

夜の消防署に出場指令が流れました。「救急出場、○駅改札口に怪我人、男性は倒れ頭部からの出血、現在警察官が対応中」との指令に私たち救急隊は出場しました。


現場到着

指令先である○駅前のロータリーに救急車を停車、資器材を傾向して改札に向かいました。


傷病者接触

○駅前の改札には男性がうずくまっており数名の警察官と駅員が付き添っていました。どうやら大分酔っ払っているようです。

隊長「どうも、救急隊です、患者さんはそちらですね?」
警察官「ええ、どうも、よろしくお願いします」

どうやら意識もしっかりとしているようです。頭部からの出血があるようですがそれほどの量でもなさそうです。隊長は警察官から状況を申し受けることにしました。まずは隊員が傷病者観察に当たります。

隊員「こんばんは、救急隊です、大丈夫ですか?どうされましたか?」
傷病者「…」

返事をしない傷病者、今度は肩を叩いて声をかけます。

隊員「旦那さん、どうされました?」
傷病者「うるせえな!触るんじゃねえよ!」

隊員の手を振り払う傷病者

警察官「ほら!お父さん、救急隊の方が来てくれたんだよ、怪我を見てもらわなくちゃ」
傷病者「うるせえな!オレは怪我なんてしていないって言っているだろう!」

傷病者はムクリと起き上がりました。傷病者は70代の男性でSさん、額に怪我をしており流れ出た血液で顔は血だらけ、着ていたシャツも首まで血に染まっていました。ただこの時点で出血は完全に止まっていました。

隊員「こんばんは旦那さん、額に怪我をされているじゃないですか?病院に行って治療してもらわないといけませんよ」
Sさん「怪我だと?そんなのしてないって言っているだろう」
隊員「怪我をされていますよ、ほら、シャツが血だらけになっているじゃないですか」
Sさん「何だと?…あれ?本当だ、血だらけだ」
隊員「そうですよ、あなたの額から出ている血ですよ、病院に行きましょう」
Sさん「そうか…あれ?何でだろう?」

相当酔っ払っているSさんは何故自分が怪我をして、何故警察官や駅員、救急隊に囲まれているのかまったく分かっていない様子でした。Sさんの呼気からは強いアルコール臭が漂っていました。かなりの酩酊状態です。

隊員「それではSさん、救急車でその怪我の処置をさせてください、詳しいお話も救急車の中で聞かせてください」
Sさん「ああ…」

この時点では素直に言うことを聞いてくれていたSさんだったのですが…。


車内収容

隊長「Sさん、そのお怪我はどうされたのですか?お怪我されたのは覚えていますか?」
Sさん「いやぁ?覚えていないな…分からない」
隊長「駅員さんのお話では改札を出てすぐに転倒したとの事でしたけど、分かりませんか?」
Sさん「改札を出て?そんなはずはない!だいたいここはどこだ!オレが改札で転倒なんてする訳がない!ここはどこなんだ!」

現場ではすでに警察官が到着していたこともあり、車内収容した時点ではSさんの持ち物から氏名や住所などは分かっていました。

隊長「ここは○駅ですよ、Sさんのお宅の最寄り駅じゃないですか」
Sさん「○駅?知らない、そんなはずはない!」
隊長「Sさんのお宅は○町ですよね?ここからならすぐじゃないですか」
Sさん「お前、だいたい何でオレの事を知っているんだ!お前何者だ!」
隊長「救急隊ですよ、あなたがお怪我をされているから私たちが要請されて駆けつけたのではないですか」
Sさん「怪我?オレは怪我なんてしていないじゃないか!」

支離滅裂なSさん、さっきまで納得していた自分が怪我をしたという事実すらすでに飛んでしまいました。さらに何やらみるみる興奮していく、こりゃ雲行きが怪しいぞ…。隊員はサイドドアをそ~っと開けて救急車の外にいる警察官に声を掛けました。

隊員「おまわりさん、すみません、Sさんなのですが、また怪我をしていないだとか言い出していまして…興奮してきているのでちょっとお願いできますか」
警察官「はぁ…そうですか…」

警察官が救急車に乗り込みました。

警察官「お父さん、ダメですよ、その怪我ちゃんと治療してもらわないと」
Sさん「何だと、お前は何者だ!」
警察官「私…ですか、警察官じゃないですか、改札であなたが倒れたからと駅員さんから要請されたのですよ」
Sさん「怪我なんてしていないだろうが!」
警察官「怪我をしているじゃないの!血だらけですよ」
隊長「Sさん、あなたのシャツ、ほら血だらけになっているじゃないですか?
Sさん「え?あれ?本当だ、そういやぁここが痛いな」
隊長「ああぁ!Sさん、そこは触らないでバイ菌が入りますよ」
警察官「ほら、怪我をしているじゃないですか、病院で治療を受けてください」
隊長「転倒されたのですね?他に痛いところはありませんか?」
Sさん「こいつにやられたんだ!オレは被害者だぞ!」
警察官「何を言っているんですか、あなたは改札で転倒して怪我をされたのでしょ?」
Sさん「いや、お前にやられた、お前がオレを殴ったんだ!ぶざけるなこの野郎!」

興奮したSさんはこの怪我は警察官に殴られたからだと訴え暴れ始めました。Sさんのすぐ脇にいる隊長と隊員が抑えます。

隊長「何言っているのSさん!おまわりさんがそんなことをする訳ないじゃないですか、やめてください!」
Sさん「何だとこの野郎!お前たちもグルだなコラ!」

そういうと今度は救急隊員たちに掴みかかってきます。

隊長「何をするんですか!やめてくださいっ!」

70代とはいえ暴れ殴りかかろうとしてきている男性です、隊長と隊員二人ががりでメインストレッチャーに押さえつけます。気を抜こうものなら殴られてしまうことでしょう。

警察官「おい!早く来いっ!」

車内にいた警察官がさらに若い警察官を集めました。

Sさん「この野郎!テメエら何しやがる!バカ野郎~!」

大暴れするSさん、押さえつける若い警察官たち

隊長「ふぅ…これじゃ搬送できませんよ、警察の方で保護とはいきませんか?」
警察官「いやぁ…怪我されている方をこのまま保護という訳にはいきませんよ、まず治療を受けていただかないと…」
隊長「はぁぁ…そうですよね…」

この調子で活動はいっこうに前に進みませんでした。そもそもSさんの観察ができないのです。身体にも触らせてもらえなければ他に怪我がないか確認もできないしバイタルサインも測らせてもらえない…。私たちは本部に状況を報告し、この活動は長時間を要するであろう事を報告しました。

本部「了解しました、警察官との連携をはかり活動には十分に注意してください」
機関員「了解、はぁぁ…」


まだ救急車内

若い警察官に抑えられても暴れ続けたSさん、車内内収容してから30分もの時間が経ってしまいました。それでもそこは70代、どうやら疲れてきたようで、次第に落ち着きを取り戻しやっと話ができるようになりました。警察官は立ち会ったままで全身観察、バイタルサインを測定することができました。

隊長「Sさん、全身を触らせていただきましたけど痛いのは額だけですね?他に痛いところはありませんでしたね?」
Sさん「ああ」

外傷は額の怪我だけ、バイタルサインもこれといった問題はありませんでした。救急隊は直近の脳外科で診察可能な医療機関から選定を開始…でも受け入れ先なんて簡単には決まらないぞ…。案の定、選定は難航しました。


まだまだ救急車内、選定中

機関員「そこをどうにか診てはいただけませんか? …そうですか、分かりました…」
隊長「ダメ?」
機関員「ええ、次は○病院に当たります」

決まらない…、実に10件近くの医療機関に断られました。選定を開始するまでに時間を要し、さらにこれだけ受け入れ先が決まらないのです。救急要請から実に1時間以上もの時間が経っていました。これだけ時間が経っているとSさんの酔いも大分覚めてきたようで…大分しっかりとしてきていました。

Sさん「なあ、怪我は分かったからさ、もういいよ、病院に行くほどじゃないから、オレは帰るよ」
隊員「いや、そんな事をおっしゃらずに、今、私たちで診てくれる病院を一生懸命探していますから、もうちょっと待ってください」

Sさんは家に帰りたいと訴え始めました。それをどうにか説得する救急隊、酔って怪我をしている方は思いもよらない大怪我をしていることがあるのです、このまま帰す訳にはいきません。

それにこのように本人が救急隊の搬送を拒否しても、さらに傷病者本人や関係者から不搬送同意のサインもらったとしても、奈良地裁の判決から考えればSさんに何かがあれば『救急隊は搬送する義務を免れない』ということになる可能性は充分でしょう。

Sさん「だって全然決まらないじゃないか、これが噂のたらい回しか?ええ?おい?」
隊長「…」

はぁぁ、ずいぶんとしっかりとしてきたこと…。最近、このようにののしられる事がたいへん増えてきました。

受け入れ先が決まらないことは傷病者にとってはもちろん不利益ですが、救急隊にとっても本当に辛いことなのです。

病院が決まるひとつのきっかけになったが警察官からSさんの家族に連絡が付いたことでした。受け入れ先医療機関が決まり次第、奥さんが駆けつける事になりました。受け入れ先の医療機関に到着した時には救急要請から2時間近くもの時間が経っていました。


医療機関到着

やっと終わる、そんな私たちの期待をさらにSさんは裏切ります。この時にはさらにしっかりしてきたSさんは自ら救急隊のメインストレッチャーを降りて診察室に向かう…かと思ったら

Sさん「やっぱりいいや、オレ帰る」
隊長「ちょ、ちょっと、Sさん、何を言うんですか!病院まで来たんじゃないですか!先生も看護師さんもみんな準備して待っていてくれているのですよ!」
Sさん「いいよ、もう帰るよ」

うんざりした口調で応えるSさん

隊長「ダメですよ、あなたは怪我をされているんですよ!」

診察室に連れて行こうとする救急隊にSさんはまた怒りはじめました。
Sさん「何しやがる!診察なんていいって言っているだろうが!」
隊員「だってさっきは治療を受けるって言ったじゃないですか!」
Sさん「だからやっぱりもういいんだよ、帰る」
隊長「そんな事言わないで、奥さんもここに来ることになっていますから、Sさんがいなくなったら奥さんも困りますよ」
Sさん「うるせえ!帰るんだよ、いいからそこをどけ!」

もう暴れたり暴力を振るおうとすることはありませんでしたが、再びSさんは興奮状態となりました。騒ぎを聞きつけた病院のスタッフが集まってきました。押し問答をしている私たちを見るに見かねた看護師が、

看護師「ねえ、Sさん、もういい加減にしないと…救急隊の方たちもこれだけやってくれているんじゃないの?」
Sさん「うるせえ、こいつらが勝手に連れてきやがったんだ!」
看護師「そんなことおっしゃらないで、その創を治療しますから、この人たちも早く帰って次の活動に備えなくちゃならないのですよ、あんまり迷惑かけないで」
Sさん「うるせえ、お前は何様のつもりだ」
看護師「何様?看護師です!」
救急隊「あぁぁぁ…やめてやめて!!」

おそらくかなり酔いは覚めてきているはずのSさん、何か意地になっている様子でした。病院にまでやってきて診察室での治療を拒否しはじめたのです。治療を受けたくないと訴える患者、医師だってこれでは診察できません。…この活動、いつになったら終わるんだ?


家族到着

私たちの説得に一向に応じようとしないSさん、何がそこまでかたくなにさせているか分かりませんが、Sさんには何やら「男の意地」みたいなものがかかっているようです。そんな中、警察から連絡を受けていた家族が到着しました。

奥さん「あのぉ~…」
隊長「Sさん?」
奥さん「そうです」
隊長「よかったぁ!ちょっと奥さんも一緒に説得してください、ご主人が治療を受けたくないって言うのですよ」
Sさん「だからいいんだよ、ほら帰るぞ!」

何が何だか分かっていない奥さん、経過を説明するとそれはやはり診てもらわないといけないと言うことになりました。救急隊と奥さんとで説得します。

Sさん「オレは帰るって言ったら帰る!診察は受けん!」
奥さん「何言っているのよ、ちょっと治療してもらってから帰ればいいじゃない」
隊員「そうですよ、診てもらいましょうよ」
Sさん「うるさい!帰るって言ったら帰るんだ!」

奥さんの説得にも応じる気配のないSさん

奥さん「ふぅ…あの…これだけ元気だし大丈夫ですよね?」
隊長「あのね、奥さん、大丈夫かどうかが分からないからこうやってずっと説得しているのですよ、大丈夫かどうかは先生に診察していただかないと私たちには判断は付きませんよ」

(ああ…大丈夫だって分かっているのなら放り出したい…)

奥さん「そうですか…ねえ?本当に診察を受けないの?せっかく来たんだから診てもらったらいいじゃない?」
Sさん「受けないったら受けない!」
奥さん「ふぅ…ありがとうございました、もうけっこうです、この人、こう言い出したらもう聞きませんから、ご迷惑お掛けしました、連れて帰りますから」
隊長「そうですか…」
奥さん「ご迷惑をおかけしました、ありがとうございました」
Sさん「ふん…」

Sさんは奥さんと共に治療を受けずに帰っていきました。

看護師「はぁぁ…どうもお疲れ様でした、たいへんね」
隊長「はぁぁ…どうも、ご迷惑お掛けしました…」

「医療機関に搬送するも不救護、傷病者本人辞退」


帰署途上

隊長「酷い目にあったなぁ…」
機関員「本人が好きで飲んで怪我をしたんだ、自己責任だよな?」
隊員「でもこれでSさんが明日、朝になっても目を覚まさないなんてことになったらやっぱりオレたちは責められるのですかね?」
機関員「医療機関には搬送したんだぜ?家族も一緒に説得して、それでもダメだったんだ、さすがに救急隊のせいだとは言われないだろ?」
隊長「さあ?どうだろうね…」
隊員「もうこれ以上面倒見切れないですよね…」

奈良地裁の判決を受けて、各地の消防本部もどこの救急隊も、酩酊者の観察、搬送に際してはこれまで以上に慎重をきたすように、安易に不搬送としないようにと活動していると思います。

いくら本人が搬送を拒否しているからと言っても酩酊状態、それは正しい判断ができない状態だからかもしれないのです。私も実際、今回のSさんのような酔っ払いをどうにか説得し医療機関に搬送してみたら、実は脳挫傷があったなんて現場を経験しています。酩酊した怪我人は本当に怖いのです。

奈良地裁の判決、組織の方針、そして何より目の前にいる傷病者の最善を考えるのなら今回の私たちの活動は正しい活動であると思うのですが…。

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このお話、続きがあります。消防署に帰り、私たちはがっかりする事実を知ることになりました。酩酊者に対する正しい活用とは何か…。答えが見つかりません。

続・酩酊者に対する正しい活動とは?につづく。

119番通報する前に1秒だけ考えてほしい、 大切な人がすぐ近くで倒れていないだろうか?今、本当に救急車が必要だろうか?と。
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